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解体新書:量子コンピュータ時代はいつ来るのか?

解体新書:量子コンピュータ時代はいつ来るのか?

2024年12月、Googleは新たな量子コンピューターチップ「Willow」を発表しました。
このチップは、従来のスーパーコンピューターで10セプティリオン年(10の24乗年)もかかる計算を、わずか5分で完了できる性能を持っています。
※)1セプティリオンは100京の10億倍
この飛躍的な性能向上は、量子コンピュータの特性である「量子重ね合わせ」と「量子もつれ」を活用したゲート方式によるものです。これにより、従来のコンピュータでは実現できなかった並列計算が可能となり、特定の問題で圧倒的な計算速度を発揮します。

次世代の計算技術として注目を集めている量子コンピュータの実用化は段階的に進むとされ、現在のNISQ時代を経て、2027~2030年頃にはエラー訂正機能を持つ初期モデルが登場する可能性があります。その後、2035~2040年頃にはエラー耐性を備えた大規模モデルの実現が期待されています。

本記事では、量子コンピュータの現状、課題、そして実用化の時代はいつ頃やってくるのかに関して詳しく解説します。

量子コンピュータとは

量子とは何か?日常感覚を超える不思議な世界

量子とは、原子レベル以下の微小な物質やエネルギーの単位のことです。例えば、光を粒子として見たときの「光子」も量子の一種です。

量子の世界では、粒子が波動性と粒子性を同時に持つなど、私たちの日常的な感覚では理解しがたい現象が起こります

量子コンピュータへ応用される量子の3つの特徴

異なる場所にある2つの輝く粒子が複雑な量子波で瞬時につながる幻想的なシーン量子の特徴として、波動と粒子の二重性や不確定性原理などがありますが、ここでは量子コンピュータに使われる主な性質を3つ紹介します。

量子重ね合わせ

概要:
複数の状態が同時に存在できる性質。

量子コンピュータでの利用:
量子ビット(キュービット)が0と1の重ね合わせ状態を取れることで、従来のコンピュータに比べて圧倒的な並列計算が可能です。

量子重ね合わせが計算速度を上げる理由:量子重ね合わせが計算速度を上げる理由:
従来のノイマン型コンピュータは、1つの箱に入った「0」か「1」の鍵を1つずつ試して宝箱を開けるような計算方法です。一方、量子重ね合わせでは、鍵が0と1の両方を同時に試せるので、つまり一度に多くの箱を開けるようなイメージです。
たくさんの宝箱を持つ迷路があっても、量子コンピュータなら全部の鍵を一気に試すことで、最短で正解の宝箱を見つけることができます。
従来の「1個ずつ試す」方法よりはるかに速く計算が進むというわけです。

量子もつれ

概要:
複数の量子ビットが強く結びつき、1つの状態が他に影響を与える性質。

量子コンピュータでの利用:
量子ビット間の相関を利用して、計算の効率化やエラー訂正を可能にします。

量子もつれが計算速度を上げる理由:
ノイマン型コンピュータでは、異なる箱を開けるのに1つずつ鍵を持っていくような手間がかかります。でも、量子もつれでは、離れた場所にいる複数の助手が「瞬時に同じ鍵を持つ」状態を作り出せます
例えば、1人が正しい鍵を見つけると、全員が同時にその鍵を手に入れるようなものです。これにより、別々の場所での計算が効率化し、全体としての計算速度が格段に速くなるのです。

量子トンネル効果

量子トンネル効果概要:
古典的には越えられないエネルギー障壁を通り抜ける性質。

量子コンピュータでの利用:
アニーリング型量子コンピュータで、最適解に到達するための計算プロセスに使用されます。

量子トンネル効果が計算速度を上げる理由:
従来のコンピュータは、壁にぶつかったら迂回するか壊すしかありません。
でも、量子トンネル効果を使うと、壁をすり抜けて最短ルートでゴールにたどり着けます。迷路を解くとき、通常なら回り道しながら1本ずつ道を試しますが、量子コンピュータは壁を無視してゴール直前まで進むので時間が大幅に短縮されます。この特性のおかげで、従来なら途方もない時間がかかる問題も解決可能になります。

多様化する量子コンピュータ:5つのアプローチを比較

1. ゲート型量子コンピュータ

量子ゲートを操作し、複雑な計算を行う汎用型。量子ビットを制御して幅広い問題を解けるのが特徴です。従来型コンピュータで膨大な時間がかかる問題を効率的に解く力があります。特に量子化学や暗号解読で大きな期待が寄せられています。

取り組み企業: Google(Sycamore)、IBM(Quantum System One)、Rigetti Computing


2. 量子アニーリング型コンピュータ

特定の問題(組み合わせ最適化)を効率的に解く特化型。迷路を最短ルートで解くような問題に強く、トンネル効果を活用して計算速度を上げます。一般的な計算には向きませんが、物流やスケジュール最適化で活用されています。

取り組み企業: D-Wave Systems

3. トポロジカル量子コンピュータ

エラー耐性の高い量子ビットを使用し、安定した計算が可能な新しいアプローチ。従来の量子コンピュータよりもエラー訂正が容易とされ、実用化が進めば信頼性の高い量子計算が実現します。

取り組み企業: Microsoft

トポロジカル量子コンピュータトポロジカル量子コンピュータは、「結び目パズル」を使った計算にたとえられます。

普通の量子コンピュータは、量子ビットが非常に繊細で、振動や温度変化などの「外部からのノイズ」で壊れやすいという課題があります。一方、トポロジカル量子コンピュータでは、量子情報を「結び目」の形で保存します。この結び目は、引っ張ったり少し動かしたりしてもほどけないため、外部からのノイズに強く、情報が失われにくいのです。

イメージとしては、柔らかい糸に情報を書き込む普通の量子コンピュータに対して、トポロジカル量子コンピュータは、糸を複雑に編み込んだ頑丈な結び目に情報を保存しているようなものです。このおかげで、エラーを防ぎながら安定した計算ができるのです。

4. 光量子コンピュータ

光子を量子ビットとして使うタイプ。光の性質を活かし、計算速度が速いだけでなく、量子通信にも応用されます。特にデータ転送やネットワーク分野での活用が期待されています。

取り組み企業: Xanadu(Borealis)

5. ハイブリッド型量子コンピュータ

量子コンピュータと古典コンピュータを組み合わせ、互いの強みを活かす設計。量子部分が計算を高速化し、古典部分が補助を担当するため、現在最も実用的な形態の1つです。

取り組み企業: Google、IBM、IonQ

 

以下にこれら5つの量子コンピュータの比較表を作成しました。

表:量子コンピュータの種類と特徴
種類 特徴 得意分野 短所 主な企業
ゲート型量子コンピュータ 汎用型で量子ゲートを操作し複雑な計算を行う。幅広い問題に対応可能。 量子化学、暗号解読、機械学習など ノイズに弱く、エラー訂正が課題。 Google、IBM、Rigetti Computing
量子アニーリング型 組み合わせ最適化問題に特化。量子トンネル効果を活用し、エネルギー最小化の解を探す。 物流最適化、スケジューリング問題 汎用性が低く、特定の問題に限定。 D-Wave Systems
トポロジカル型 トポロジカル量子ビットを使用し、エラー耐性が高い。ノイズに強く、計算が安定。 汎用計算(理論的にはゲート型の上位互換) 実用化が進んでおらず開発段階。 Microsoft
光量子コンピュータ 光子を量子ビットとして使用。高速で量子通信にも応用可能。 通信、量子ネットワーク、特殊計算 技術がまだ発展途上であり安定性が課題。 Xanadu
ハイブリッド型 古典コンピュータと量子コンピュータを組み合わせ、実用性と効率性を両立。 応用範囲が広く、多くの分野に対応可能。 古典コンピュータに依存する部分が多い。 Google、IBM、IonQ


一口で説明すると・・・

  • ゲート型: 現時点で最も研究が進んでおり、汎用性が高い。
  • アニーリング型: 特定用途に特化しており、現実的な応用が始まっている。
  • トポロジカル型: 将来的に大きな期待が寄せられるが、まだ理論段階。
  • 光量子型: 通信技術との相性が良く、量子インターネットに向けた研究が活発。
  • ハイブリッド型: 実用性を考慮した設計で、多くの企業が注力している。

量子コンピュータ最前線:グローバル企業の挑戦

富士通(2024年5月発表)

富士通は日本初の商用超伝導量子コンピューターシステムの受注を産業技術総合研究所(AIST)から獲得しました。このシステムは2025年初頭に稼働予定で、数百量子ビットまでスケーラブルな設計となっています。

IBM(2024年10月発表)

IBMは「IBM Quantum Heron」プロセッサーを発表し、5,000回の2量子ビットゲート操作を含む量子回路の実行を可能にしました。また、2024年にドイツに欧州初の量子データセンターを開設し、100量子ビット以上のプロセッサを搭載した複数の量子コンピューターを設置する予定です。

D-Wave(2024年11月発表)

D-Waveは4,400以上の量子ビットを持つ最新のAdvantage2量子プロセッサーの校正とベンチマークを完了しました。このプロセッサーは、量子コヒーレンス時間の倍増、エネルギースケールの40%増加、量子ビット接続性の向上など、大幅な性能改善を実現しています。

RIKEN、NTT、Fixstars Amplify(2024年11月発表)

この3社の共同研究グループは、世界初の汎用光学量子コンピューティングプラットフォームを開発しました。このシステムはクラウドを通じてアクセス可能で、約100の連続変数入力に対する多段階量子操作の遠隔実行を可能にします。これらの取り組みにより、量子コンピューティング技術は急速に進展しており、各社は量子ビット数の増加、エラー訂正技術の改善、クラウドサービスの提供などを通じて、量子コンピューティングの実用化と普及を加速させています。

Google(2024年12月発表)

Googleは新しい量子チップ「Willow」を発表しました。このチップは105量子ビットを搭載し、エラー訂正技術の大幅な改善を実現しました。Willowは従来のスーパーコンピューターでは10セプティリオン年かかる計算をわずか5分で完了する能力を示し、量子エラー訂正の閾値を突破しました。これにより、大規模な誤り訂正量子コンピューターの実現可能性が示されました。

量子の壁を越える:4つの技術的挑戦

技術的な4つの課題

1,量子ビットの安定性

量子ビットは外部環境からの影響を受けやすく、非常に不安定です。
これにより、計算中に頻繁にエラーが発生し、複雑な計算が難しくなっています。量子状態の維持時間(コヒーレンス時間)の短さが主な原因であり、この課題を克服するためには、量子ビットを保護する技術や環境ノイズを低減する方法の開発が不可欠です。

2,エラー訂正

量子ビットは非常に繊細で、外部環境の影響を受けやすく、計算中にエラーが発生しやすいという特性があります。これを補正するには、1つの量子ビットを複数の「物理量子ビット」(実際の量子ビット)でサポートする必要があります。これにより、1つの「論理量子ビット」(計算で使う量子ビット)を安定させることができます。
しかし、この仕組みには多くの量子ビットを必要とするため、システムが大規模で複雑になりがちです。また、エラー訂正そのものが新しいエラーを引き起こす可能性があるため、効率的で安全な方法を慎重に設計する必要があります。

エラー訂正エラー訂正は、ちょっとわかりにくいと思いますので「消しゴムと鉛筆」にたとえて説明します。

量子ビットは、とても繊細な鉛筆の線だと思ってください。この鉛筆の線は、消しゴム(ノイズ)で簡単に消えてしまうことがあります。でも、そのままでは大切な絵が壊れてしまうので、何か工夫が必要です。

そこで、1本の線(1つの量子ビット)を守るために、同じ線を3本描きます。そして、もし1本が消しゴムで消えても、残りの2本を見て「どれが正しいか」を判断し、元通りに修正できるようにします。

ただし、3本の線を描くには紙がたくさん必要になります。この紙を増やすのが難しかったり、線を修正するたびに消しゴムが余計に使われたりすることもあるので、もっと効率よく守れる方法を考えなければいけません。

量子コンピュータのエラー訂正は、こうした工夫で「正しい答え」を守る仕組みを作ることが課題になっています。

3,冷却技術

量子状態を維持するために多くの量子コンピュータは極低温環境で動作しますが、現在の冷却システムは大型で高コストです。これが実用化と普及の障壁となっており、より効率的で小型の冷却技術や、常温で動作可能な量子ビットの研究が急務です。

4,スケーラビリティ

量子コンピュータの性能向上には量子ビット数の増加が必要ですが、これに伴い量子ビット間の干渉や相互作用も増え、個々の量子ビットの制御が困難になります。大規模システムの制御・管理技術の開発が重要な課題です。

量子未来年表:2035年までのロードマップ

量子コンピュータの実用化の時期については専門家の間でも意見が分かれていますが、これまでの調査や動向を踏まえて筆者の考えを以下に示します。

実用化に向けた3段階を想定

1. 現在と近い将来(NISQ時代)

現在(2024年)は、ノイズの多い中規模の量子コンピュータ(NISQ: Noisy Intermediate-Scale Quantum)が研究や一部応用に利用され始めています。特定の問題に限定した実験的な活用が進み、2025年頃まで、より高性能なモデルが開発される可能性があります。

2. 次のステップ(Early-FTQC時代)

エラー訂正機能を持つ初期の量子コンピュータ(FTQC: Fault-Tolerant Quantum Computer)は、2027~2030年頃の登場が期待されます。この段階では、現行のスーパーコンピュータでは困難な問題を解決できる基礎技術が確立される可能性があります。

3. 長期的な展望(大規模量子コンピュータ)

エラー耐性があり、大規模で汎用性の高い量子コンピュータは、専門家の間で見解が分かれる部分です。現時点では、2035~2040年以降の実現が有力視されていますが、技術的なブレークスルーがあれば、この予想は前倒しされる可能性もあります。

解決すべき課題

前述したように、量子コンピュータの実用化を進めるためには、以下の技術的課題に対する取り組みが重要です。

  1. 量子ビットの安定性向上
  2. エラー訂正技術の進展
  3. 冷却技術の改善
  4. スケーラビリティ
  5. コスト削減
  6. 新しいアルゴリズムの開発

量子コンピュータは、次章で説明するように新薬開発、材料科学、金融工学など多岐にわたる分野での応用が期待されており、ビジネスへの大きな潜在力を秘めています。
しかし、これらの分野で「革命をもたらす」には、まだ多くの技術的な課題を解決する必要があります。実用化までには段階的な進展が必要であり、特にエラー訂正技術やコスト削減が鍵を握ると考えます。
ただ技術の進展次第では、予想以上に早く実用化が進む可能性もあり、今後の動向を注視する必要があります。

量子革命がもたらす社会変革:8つの応用分野

量子革命がもたらす社会変革:8つの応用分野量子コンピュータの実用化は、様々な産業分野に革新的な変化をもたらすと期待されています。主な効果は以下の通りです。

  1. 医薬品と健康:新薬開発の加速、遺伝子解析の高速化、個別化医療の実現が可能になります
  2. 通信セキュリティ:より安全な暗号技術の開発が進む一方、現在の暗号システムの脆弱性が露呈する可能性があります
  3. 交通と物流:渋滞緩和や配送時間短縮のための最適経路検索が可能になり、都市交通や物流の効率化が進みます
  4. 金融業界:リスク管理の精度向上、市場予測の高度化、ポートフォリオ最適化が実現します
  5. エネルギー管理:再生可能エネルギーの需給バランスをリアルタイムで最適化し、エネルギー効率を高めることができます
  6. 科学研究と新素材開発:複雑な分子構造や物質の性能予測が可能になり、新素材開発が加速します
  7. 人工知能と機械学習:学習アルゴリズムの高速化やパターン認識の精度向上が期待されます
  8. 気候変動対策:気候変動のモデリング精度が向上し、より効果的な環境保護策の立案が可能になります

これらの効果により、量子コンピュータは社会全体に大きなインパクトを与え、新たな経済価値を創出する可能性を秘めています

まとめ

量子コンピュータの実用化は次のように段階的に進むと予想されます。
現在のNISQ時代から、2027~2030年頃にはエラー訂正機能を持つ初期モデル(Early-FTQC)が登場し、2035~2040年頃にはエラー耐性を備えた大規模モデルの実現が期待されています。

一方で実用化への道のりには多くの課題が残されているのも事実です。
量子ビットの安定性向上、効率的なエラー訂正技術の開発、冷却技術の改善、コスト削減、そして量子コンピュータの特性を活かした新しいアルゴリズムの開発が不可欠です。

これらの課題を克服することで、量子コンピュータは新薬開発、材料科学、金融工学など多岐にわたる分野で革新をもたらす可能性があります。

技術革新の速度次第では、予想以上に早く実用化が進む可能性もあり、今後の動向を注視する必要があります。
量子コンピュータ時代の到来は、私たちの想像を超える新たな可能性を開くかもしれません。その日に向けて、継続的な研究開発と技術革新が求められています。

以上

筆者 プロフィール 
ケニー狩野( 中小企業診断士、PMP、ITコーディネータ)
キヤノン(株)でアーキテクト、プロマネとして多数のプロジェクトをリード。
現在、株式会社ベーネテック代表、株式会社アープ取締役、Society 5.0振興協会評議員ブロックチェーン導入評価委員長。
これまでの知見を活かしブロックチェーンや人工知能技術の推進に従事。趣味はダイビングと囲碁。2018年「リアル・イノベーション・マインド」を出版。