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デジタル市場法(DMA)解説:ビックテックへの規制と影響

デジタル市場法(DMA)解説:ビックテックへの規制と影響

欧州で全面適用が開始されたデジタル市場法(DMA)は、巨大テック企業を規制し、競争を促進することを目的としています。この記事では、DMAの狙いや規制内容、具体例をわかりやすくたとえ話を交えながら解説し、消費者や中小企業へのメリット、今後の影響について考察します。

DMAの基本とその狙い

欧州デジタル市場法(DMA)は2024年3月7日に全面適用が開始されました。この法律は、巨大テック企業による市場支配を抑制し、公正な競争環境を実現するためのEU法です。

その目的は、消費者に多様な選択肢を提供し、中小企業が競争に参加できる公平な市場を構築することにあります。この法律は、特定の基準を満たす巨大プラットフォーム事業者を「ゲートキーパー」として指定し、自己優遇や競合排除といった行為を制限します。

たとえ話でいうと、DMAは市場のルールを変更する「新しいルールブック」のようなものです。例えば、巨大プラットフォーム企業が自社のエコシステム内で独自の優位性を持つ状況を、スポーツリーグで長年支配的だったチームに新たな制約を課すようなものです。これにより、リーグの勢力図が変わる可能性がありますが、同時に、そのチームが築き上げてきた効率性や革新性が損なわれるリスクもあります。DMAは、競争環境を変えることで新たな可能性を開く一方で、既存のビジネスモデルに大きな変革を迫る法律といえるでしょう。

DMAの規制内容とゲートキーパー

ゲートキーパーとは?

「ゲートキーパー」とは、市場で大きな影響力を持つプラットフォーム事業者を指します。指定されるためには以下の条件を満たす必要があります:

  • 年間売上高が75億ユーロ以上、または時価総額が750億ユーロ以上。
  • EU域内で4500万人以上のアクティブユーザー。
  • 1万人以上のビジネスユーザー。

ゲートキーパーたち
2024年8月時点で、以下の7社24のコアプラットフォームサービスがゲートキーパーに指定されています:

  • Alphabet(Google)
  • Amazon
  • Apple
  • ByteDance(TikTok)
  • Meta(Facebook/Instagram)
  • Microsoft
  • Booking.com

ゲートキーパーに課せられる義務

ゲートキーパーには以下の義務が課されます:

  • 自己優遇の禁止(自社製品を他社製品より優遇しない)。
  • データポータビリティの確保(ユーザーがデータを他サービスに移行可能にする)。
  • 合サービスの利用制限禁止

たとえ話をしましょう。
これらの義務は「大規模ショッピングモールに対する新しい運営ルール」のようなものです。
自己優遇の禁止は、モール運営会社が自社ブランドの店舗を最も目立つ場所に配置することを制限するようなものです。これにより、他のテナントの露出機会が増える可能性がありますが、同時にモール全体の統一感や効率的な運営が難しくなるかもしれません。
データポータビリティの確保は、顧客が「異なるモール間で自由にポイントや会員情報を移行できる」ようにすることに似ています。これは顧客の利便性を高める一方で、各モールの独自のロイヤリティプログラムの価値を低下させる可能性があります。
競合サービスの利用制限禁止は、モール内のフードコートで「他のレストランのテイクアウト食品を持ち込んで食べることを許可する」ようなものです。これは顧客の選択肢を増やしますが、フードコート全体の収益モデルや雰囲気に影響を与える可能性があります。

これらの規制は、多様性と競争を促進することを目的としており、デジタル市場の健全な発展を目指しています。同時に、既存のビジネスモデルや運営方法に一定の変更を求めることで、新たなイノベーションの機会を生み出す可能性もあります。規制と市場発展のバランスを取るため、その影響を継続的に観察し、必要に応じて調整を行うことが重要です。この過程を通じて、より公平で活力のあるデジタルエコシステムの構築が期待されます。

DMAとGDPRの違い

DMAが競争促進を目的とするのに対し、GDPR(一般データ保護規則)は個人情報保護を目的としています。これらの法律は補完関係にあり、企業は両方を遵守する必要があります。

DMAの具体的な影響

DMAの施行に伴い、巨大テック企業は様々な対応を迫られています。以下に、それぞれの企業がどのようなアプローチを取っているのか、具体例を交えて詳しく説明します。

Appleの対応

AppleはDMAの規制に対応して、EU圏内で以下の重要な変更を実施しています:

  1. サードパーティアプリストアの許可:これにより、開発者は App Store 以外の方法でアプリを配布できるようになりました。
  2. Webkit以外のブラウザエンジン利用の承認:これまで iOS 上のすべてのブラウザに Webkit の使用を義務付けていましたが、他のエンジンの使用も認められるようになりました。
  3. 代替課金システムの導入:App Store 内での決済手数料を30%と設定していましたが、外部決済サービスの利用を許可する動きを見せています。

これらの変更は、アプリ開発者にとってコスト削減のメリットをもたらす一方で、Apple自身の収益モデルには大きな影響を及ぼす可能性があります。特に、SpotifyやNetflixのようなサブスクリプションサービスを提供する企業が外部決済を利用すれば、Appleの取り分が大幅に減少する可能性があります。
出典:Bloomberg

Googleの対応

Googleは、DMAへの対応として以下の措置を講じています:

  1. Android上で外部課金APIを整備:これにより、アプリ開発者はGoogle Play以外の決済システムを利用できるようになりました。
  2. EU圏内ユーザーへのデータ利用オプションを提供:ユーザーがデータの利用方法をより詳細に制御できるようになりました。
  3. 検索エンジン事業での調整:検索結果の表示において自社サービスを優遇しているとの批判を受け、アルゴリズムの透明性を向上させる取り組みを開始しました。例えば、旅行関連の検索結果でGoogle FlightsやGoogle Hotelsが上位に表示されるケースについて、競合他社との公平性を確保するための調整が行われています。

これらの対応は、DMAが目指す公正な競争環境の実現に向けた重要なステップとなっています。各企業は規制に適応しつつ、ユーザー体験の向上と競争力の維持のバランスを取ろうとしています。
出典:Reuters

Amazonの対応

Amazonはマーケットプレイス事業において、自社製品を優遇しているとの指摘を受け、アルゴリズムの見直しを進めています。具体的には、検索結果のランキングシステムを改善し、サードパーティー製品が公平に表示されるようにする動きがあります。また、DMAの要求に応じて、販売者データの利用方法についての透明性を高める方針を打ち出しました。
出典:Reuters

Meta(旧Facebook)の対応

Metaは、DMAの規制に対応するため、SNSプラットフォーム上でのデータ利用に関する重要な変更を実施しています。具体的には、FacebookとInstagramのアカウント連携解除オプションを追加しました。これにより、ユーザーは両プラットフォームのデータを分離して管理することが可能になりました。さらに、広告ターゲティング機能の透明性を高めるため、新たなユーザーオプションを追加し、データ共有の仕組みを再設計しています。この対応により、広告主にとっての有効性が低下する可能性がある一方、ユーザーからの信頼向上が期待されています。
出典:Reuters

Microsoftの対応

Microsoftは、ビジネス向けクラウドサービスの分野でDMAの影響を受けています。(出典:Reuters)同社は、競合他社が自社プラットフォームで公平にサービスを提供できるよう、クラウドインフラの利用条件を見直しています。また、Office 365やAzureにおけるライセンスモデルの調整を進め、競争環境を整える意向を示しています。

中小企業と消費者へのメリット

DMAによって、中小企業は公平な競争条件で市場に参入でき、消費者は選択肢が増えます。たとえば、オンラインショッピングでは、巨大プラットフォームのアルゴリズムが小規模なショップの商品を埋もれさせることがなくなります。

ビッグテックが中小企業を阻害した事例

❶ Amazonとサードパーティ業

Amazonは自社ブランド商品を優遇するアルゴリズムを使用し、サードパーティ業者の商品を検索結果で下位に配置していました。(出典:Reuters

❷ Googleと検索アルゴリズム

Googleは検索結果で自社サービス(Google ShoppingやGoogle Flights)を上位表示し、競合他社の露出を制限していました。(出典:European Commission

❸ Appleとアプリストア

AppleはApp Storeにおいて競合アプリの機能を制限し、自社のアプリを優遇するポリシーを適用していました。(出典:Bloomberg

これらの事例は、巨大プラットフォームが市場での競争を歪め、中小企業や新規参入者の成長を阻害していたことを示しています。DMAの施行により、こうした不公正な慣行が是正されることが期待されています。

また、消費者にとって、DMAは選択肢の拡大や価格競争の促進をもたらします。たとえば、ユーザーが異なるアプリストアから自由にアプリを選べるようになれば、価格競争が激化し、結果としてサービスの質の向上や料金の引き下げが期待されます。また、外部決済サービスの利用が可能になることで、アプリ内購入の手数料が削減され、よりリーズナブルな価格でサービスを利用できるようになります。

ビッグテックの功罪:規制がもたらす未来

DMAの導入を検討する際、EUはビッグテック企業が果たした技術革新や利便性の向上と、それによる市場支配の弊害を比較検討しました。以下では、ビッグテックのメリットとデメリットを具体的に考察します。

技術革新と利便性の向上

ビッグテック企業は、迅速な情報アクセスや消費者の利便性向上を実現しました。Googleの検索エンジンは、膨大な情報を瞬時に提供し、Amazonは革新的な物流インフラを構築しました。これにより、消費者は効率的な購買体験を享受でき、中小企業も新しい市場への参入機会を得ました。

市場支配の弊害と競争阻害

一方で、ビッグテックの市場支配が競争を阻害する事例も少なくありません。Googleの検索結果における自社サービス優遇、Amazonのサードパーティ商品を不利に扱うアルゴリズムなどが批判を招いています。これらの行為は、中小企業やスタートアップが不利な条件で競争を強いられる原因となりました。

たとえるなら、ビッグテック企業は市場に巨大な橋を架けた建設業者のようなものです。その橋は多くの人々の便益を生み出しましたが、一方で橋の使用料や通行制限によって小規模な商人の行動を制限しているような状況です。DMAはこの橋の通行を公平にするための規制と言えるのかもしれませんね。

規制による功罪比較表
メリット(規制の効果) デメリット(規制の課題)
公正な競争環境の実現(中小企業が市場に参入しやすくなる) 過剰な規制が技術革新を阻害する可能性
消費者の選択肢拡大(多様なサービスを利用可能) 規制適応のコスト増大により企業の負担が増える
価格競争の促進(消費者にとってのコスト削減) 新規参入企業にとって規制順守がハードルとなる
透明性の向上(アルゴリズムやデータ利用方法の公開が進む) 競争激化による利益率の低下で一部企業の収益に悪影響
データポータビリティ確保で顧客利便性向上 規制の解釈や適用の不透明性が企業間トラブルを招く可能性

日本とアメリカでの規制動向

日本におけるデジタル市場規制

日本では、デジタル市場における公正な競争を促進するため、以下のような取り組みが進められています。

❶ スマホソフトウェア競争促進法の成立

2024年6月12日、「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(スマホソフトウェア競争促進法)が成立し、6月19日に公布されました。この法律は、2025年12月19日までに全面施行される予定です。スマートフォンの利用に必要なソフトウェア(モバイルOS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジン)に対して、セキュリティの確保と競争環境の整備を目的としています。具体的には、AppleとGoogleを指定事業者とし、以下の義務を課しています:

  1. サードパーティアプリストアの許可
  2. 外部課金方法の導入

これにより、多様な主体によるイノベーションの活性化や、消費者が多様なサービスを選択できる環境の整備が期待されています。
出典:総務省

❷ 公正取引委員会の取り組み

公正取引委員会は、デジタル分野における競争政策の強化を進めています。具体的には、独占禁止法の適用やガイドラインの策定を通じて、デジタル市場における公正な競争環境の確保に努めています。また、デジタルプラットフォーム事業者の取引慣行に関する実態調査や、デジタル市場における競争政策上の課題に関する研究会の開催など、多角的な取り組みを展開しています。
出典:公正取引委員会

❸ 政府のデジタル市場への対応

日本政府は、Society5.0の実現に向けて、デジタル市場のルール整備やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進など、社会全体のデジタル化を促進する施策を講じています。これにより、市場における公平な競争の促進や、5Gの実装・ビヨンド5Gの実現の加速化、データ流通の活性化、サイバーセキュリティの確保など、多方面でのデジタル化推進が図られています。
出典:首相官邸

アメリカにおける規制動向

アメリカでは、AIやデジタルプラットフォームに対する規制が注目されています。2023年10月30日に、バイデン政権が「AI安全開発・利用に関する大統領令」を発表しました。この大統領令の主な内容は以下の通りです:

  1. AI開発者への報告義務
  2. リスク評価プロセスの義務化

この大統領令により、連邦取引委員会(FTC)はAI関連取引における競争の確保や消費者保護を求められています。さらに、デジタル市場での競争環境を整えるため、巨大テック企業に対する規制強化が議論されています。

また、州レベルでもAI規制法案が進行しています。特に、カリフォルニア州やコロラド州では独自のAI規制法案が検討されており、今後の動向が注目されています。

これらの動きは、欧州のDMAから影響を受けたものと考えられ、デジタル市場全体の透明性と競争性を高めることを目的としています。日米両国のデジタル市場規制は、グローバルな技術産業に大きな影響を与える可能性があり、今後の展開が注目されています。
出典:ホワイトハウス

今後の展望

DMAはデジタル市場の競争を活性化し、公正な市場環境の実現を目指しています。今後、欧州以外の地域でも類似の規制が進展する可能性があります。日本やアメリカでは既にデジタル市場の透明性を高める法整備が進行中です。これらの動向は、企業が規制に適応しつつ新たなイノベーションを創出するための契機となるでしょう。

一方で、過剰な規制が技術革新を阻害し、企業の成長を制限するリスクも指摘されています。たとえるなら、巨大プラットフォーム企業は「高速道路の管理者」のようなものです。彼らが道路を整備し、多くの車が快適に走れる環境を作り出しました。しかし、特定の車種だけが優先レーンを使えるルールを設定すると、他の車両が渋滞に巻き込まれることになります。DMAは、この優先レーンの不公平な利用を規制し、すべての車が同じ条件で走行できるようにする「交通ルール」と言えます。

さらに、規制適応のコスト増大が新規参入者や既存企業に与える影響を考慮する必要があります。DMAは、公正さと成長のバランスを取ることが求められる規制であり、その影響を注意深く見守る必要があります。

まとめ

欧州デジタル市場法(DMA)の全面適用開始を皮切りに、デジタル市場の規制環境が大きく変化しています。DMAは巨大テック企業を「ゲートキーパー」として指定し、自己優遇や競合排除を制限することで、公正な競争環境の実現を目指しています。この動きは日本やアメリカにも波及し、各国で独自の規制が進められています。

日本では「スマホソフトウェア競争促進法」が成立し、アメリカではAI規制に焦点を当てた大統領令が発表されるなど、各国の市場特性に応じた取り組みが展開されています。これらの規制は、中小企業や新規参入者の機会拡大、消費者選択肢の増加、イノベーションの促進を目指しています。

一方で、過剰な規制が技術革新を阻害するリスクや、企業の規制適応コストの増大など、課題も指摘されています。今後は、公正な競争環境の確保と技術革新の促進のバランスをどう取るかが重要になるでしょう。グローバルなデジタル経済の健全な発展に向けて、各国の規制当局と企業の柔軟な対応が求められています。


  1. 欧州委員会公式サイト
  2. DMA関連ニュース(Reuters)
  3. Appleの事例に関する報道(Bloomberg)

 

筆者プロフィール
ケニー狩野(中小企業診断士、PMP、ITコーディネータ)
キヤノン(株)でアーキテクト、プロマネとして多数のプロジェクトをリード。
現在、株式会社ベーネテック代表、株式会社アープ取締役、一般社団法人Society 5.0振興協会評議員ブロックチェーン導入評価委員長。
これまでの知見を活かしブロックチェーンや人工知能技術の推進に従事。趣味はダイビングと囲碁。
2018年「リアル・イノベーション・マインド」を出版。