アーパボー(ARPABLE)
アープらしいエンジニア、それを称賛する言葉・・・アーパボー
人工知能

AIエージェントROI大全|業務別ビジネスケースと「元が取れる」計算式【2026年版】

最終更新:※本記事は継続的に「最新情報にアップデート、読者支援機能の強化」を実施しています(履歴は末尾参照)。

AIエージェントROI大全|Agentic AI導入で「元が取れる」業務別ビジネスケースと計算式【2025年決定版】

AIエージェント/Agentic AIのROI(投資対効果)をどう計算するか——。

本記事では、その「AIエージェントのROI計算式」と「業務別シミュレーションの型」をまとめて提供します。読み終えるころには、「AIエージェントのROIはどう計算すればいいのか?」「Agentic AIの費用対効果は本当に出るのか?」といった問いに、稟議書でそのまま使えるロジックで即答できるようになります。

この記事の結論:
AIエージェントのROIは「削減した時給」だけでは計算できません。「System 2(推論モデル)」による専門家レベルの判断業務の代替と、それによるリードタイム短縮価値を含めた「3階層のROI」で評価する必要があります。

超ざっくり言うと:AIエージェント(エージェントAI/Agentic AI)は「早い・安い」RPAの進化版ではなく、一見コストは高いものの、そのぶん圧倒的に賢い「専門家が担っていた高度な業務の一部を代替できる存在」です。だからこそ、単純な工数削減ではなく「生み出した付加価値」をベースにAIエージェント/Agentic AIのROIを設計しないと導入に失敗します。

この記事の構成:

  • 【第1章】AIエージェント/Agentic AIのROI計算式と費用対効果の基本(2025年基準)
  • 【第2章】業務別ビジネスケース・ライブラリ(早見表・計算例)
  • 【第3章】2025年最新のコスト構造:「System 2」の賢い使い分け
  • 【第4章】稟議を通すためのロードマップと「3枚のスライド」

この記事の使い方(3ステップ):
Step1:第1章で「3階層ROI」とスプレッドシートの型を理解する
Step2:第2章から、自社に近い業務ケースを1つ選び、数字を当てはめる
Step3:第4章のロードマップと「3枚スライド」案をベースに、稟議書・資料に落とし込む

Q1. RPAの投資対効果と何が違うの?
A. RPAは「定型作業の手数」を減らす投資ですが、AIエージェントは「判断と例外対応」を自動化する投資です。止まらない自動化により、運用保守コストまで含めたROIが改善します。
Q2. 具体的な計算式はある?
A. はい。基本の考え方は「純便益 = (Hard ROI額 + Soft ROI額 + Risk ROI額) − AIの総コスト」、「ROI = 純便益 ÷ 初期投資額」という2ステップです。本記事では、この式をそのまま稟議書やスプレッドシートに落とし込めるように分解して解説します。
Q3. 推論モデル(System 2)は高すぎて元が取れないのでは?
A. 逆です。トークン単価が高くても、人間の専門家(時給1万円〜)の業務を代替できるため、高難度タスクほどROIは劇的に高くなります。

この記事の著者・監修者 ケニー狩野(Kenny Kano)

Arpable 編集部(Arpable Tech Team)
株式会社アープに所属するテクノロジーリサーチチーム。人工知能の社会実装をミッションとし、最新の技術動向と実用的なノウハウを発信している。
役職(株)アープ取締役。Society 5.0振興協会・AI社会実装推進委員長。中小企業診断士、PMP。著書『リアル・イノベーション・マインド』

プロローグ:CFOの「AIエージェント投資、それ儲かるの?」に即答できますか?

あなたは自信満々で「最新のAIエージェント導入計画」を経営会議に提出します。
しかし、CFO(最高財務責任者)から返ってきたのは冷ややかな質問でした。
「月額のAPIコストが今のRPAの3倍? 本当に元が取れるのか? 人件費はいくら下がるんだ?」

もしあなたがここで、「えっと、社員が楽になるので…」と言葉を濁してしまったら、そのプロジェクトは失敗です。

「そのプロジェクト、営業利益を何%押し上げる想定?」
「何ヶ月で投資回収する計画? 3年じゃ長すぎるよ」

こうした「CFOの問い」に即答できなければ、予算は下りません。
多くのAIプロジェクトがPoC(概念実証)で頓挫する最大の原因は、技術力不足ではなく「投資対効果(ROI)の定義ミス」にあります。
本記事で扱うAgentic AI(自律的に計画・実行するエージェント)やSystem 2型モデル(熟考して推論する高性能AI)は、従来の「チャットボット」や「RPA」とはROIの出方がまったく異なる点に注意が必要です。

Agentic AIやSystem 2型モデルは、従来の「チャットボット」や「RPA」とはROIの出方がまったく異なる 本記事では、机上の空論ではない、現場で叩き上げた「AIエージェントのROI計算テンプレート」を公開します。これを武器に、あなたのAIプロジェクトを「コスト」から「投資」へと変えてください。

あわせて、2024〜2025年に公開された最新調査データ──たとえばグローバルのIT・DevOpsリーダーを対象としたPagerDutyの2025年4月調査で「Agentic AI投資で100%超のROIを期待する企業が62%にのぼり、平均期待ROI(予想される投資対効果)は171%である」という注目すべき結果(いずれも現時点のサーベイに基づく将来予測であり、実績値ではありません)──も踏まえ、「どのようなAIエージェント投資なら実際にROIが出ているのか」を整理していきます。

その一方で、Gartnerレポートを引用したReuters等の報道によると、Agentic AIプロジェクトの40%超が2027年末までに、コスト高やROIの不透明さを理由にキャンセルされる可能性があると予測されています。期待値だけが先行しがちな今こそ、この「現実への警鐘」を前提にROI設計を行う必要があります。失敗しないための設計もあわせて解説します。

第1章:AIエージェント/Agentic AIのROI計算式と費用対効果の基本(2025年基準)

AIエージェントにおけるROIの考え方は、実はとてもシンプルですが、同時に奥深いものです。

「時給」だけで計算してはいけない理由

あなたが「時給2,000円」の派遣スタッフを雇うとします。このとき、あなたは「時給2,000円以上の仕事」をしてくれれば元が取れると考えます。これが従来の「Hard ROI(コスト削減)」です。RPA(ロボットによる業務自動化)もこの発想でした。

しかし、もしそのスタッフが、次のような能力を持っていたらどうでしょう?

  • 24時間365日、文句も言わずに働き続ける。
  • 英語、中国語、フランス語の契約書を5秒で読み解く。
  • 法改正があっても、絶対にコンプライアンス違反を犯さない。

こうなると、「時給2,000円」という物差しだけでは測れません。
「お客様を待たせない価値(Soft ROI)」や「会社が法律違反で訴えられない価値(Risk ROI)」が加わるからです。

AIエージェントは、まさにこの「超人的なスタッフ」です。だからこそ、以下の3階層のピラミッドで計算しないと、本当の価値は見えてきません。

3階層のROIピラミッド Hard ROI、Soft ROI、Risk ROI

3階層のROIピラミッド

Level 1: Hard ROI(目に見えるコスト削減)

これは「お財布から出ていくお金が減る」ことです。
例:「外部のコールセンターへの委託費が減った」「残業代が減った」「RPAのライセンス料がいらなくなった」など。

Level 2: Soft ROI(スピードと品質)

これは「お金には換算しにくいが、ビジネスが強くなる」ことです。
例:「顧客からの問い合わせに1秒で返信できた(満足度アップ)」「新サービスを他社より1ヶ月早く出せた」など。

Level 3: Risk ROI(リスクの回避)

これは「将来起きるかもしれない損害を防ぐ」ことです。
例:「ベテラン社員が退職しても業務が止まらない(属人化解消)」「うっかりミスによる情報漏洩を防ぐ」など。

ROI計算の前提条件:ここだけは最初にそろえる

計算を始める前に、以下の「前提条件」を関係者と握っておきましょう。ここがズレると、後でCFOにひっくり返されます。

  • 対象業務の範囲: どの業務の、どの部分までをAIに任せるか(例:CS一次応対のみ、コードレビューのドラフトのみ)。
  • 対象期間: 1年で回収するのか、3年償却で見るのか。
  • コストの種類: 人件費は「時給」で見るか、社会保険料込みの「フルコスト」で見るか。
  • 数値の粒度: ざっくり±20%の試算で良いのか、決算レベルの精度が必要なのか。

スプレッドシート向け:最低限押さえる行と列

では、この3階層ピラミッドを具体的な「金額」に落とし込みましょう。
考え方はシンプルです。Hard / Soft / Risk の各要素を「年額換算」して積み上げ、そこからコストを引く。 これをスプレッドシートの行と列に変換すると、以下のようになります。

項目(行) Before(現状) After(AI導入後) 差分(効果額)
Hard ROI (人件費・外注費) 1,000万円 600万円 +400万円
Soft ROI (リードタイム価値) 0円 300万円 +300万円
Risk ROI (リスク回避価値) 0円 100万円 +100万円
AI総コスト (API・監視) 0円 200万円 -200万円
純便益 +600万円

※上記はすべて「年間・税抜・万円単位」のサンプルです。実際の試算では、自社の会計ルールに合わせて単位を揃えてください。

ROI計算式(2ステップ):

1. 純便益(Benefit) =
【得られるもの】(Hard ROI + Soft ROI + Risk ROI)
【払うもの】(AIの利用料 + AIの監視コスト

2. ROI (%) = 純便益 ÷ 初期投資額 × 100

<スプレッドシートのセル例>
・純便益(例:D6セル) = =D2+D3+D4+D5
・ROI(%)(例:D7セル) = =D6/初期投資額セル*100

例えば、初期投資額が3,000万円、年間のHard ROI(コスト削減)が1,800万円、Soft ROI(スピード・品質向上)が600万円、Risk ROI(リスク回避効果)が600万円、AIの年間総コスト(API+監視)が1,000万円と見積もられるケースを考えます。

このとき、

  • 純便益 = (1,800+600+600) − 1,000 = 2,000万円
  • ROI = 2,000 ÷ 3,000 ≒ 0.67(=67%)

となり、「3,000万円の投資で年間2,000万円の便益=約1.5年で投資回収」という説明ができます。

ここまでで、「行と列」の型はそろいました。次の第2章では、このテンプレートに
カスタマーサポートや開発など、具体的な業務ケースごとの数字を流し込んでいきます。

第2章:【業務別】ビジネスケース・ライブラリ(早見表)

ここで扱うのは、単なるチャットボットではなく「タスクを自律的に計画・実行するAgentic AI型エージェント」です。その前提で、業務別に「どこで元を取るか」を見ていきましょう。
どの業務から着手するか迷う場合は、まず下の早見表で「Hard/Soft/Riskのどこで効きそうか」をざっくり確認してみてください。

業務カテゴリ 主なHard ROI 主なSoft/Risk ROI 代表KPI 推奨ステップ
CS / ヘルプデスク 委託費・人件費削減 一次解決率向上、顧客満足度、クレーム減少 自己解決率、平均応答時間(AHT) Step2から着手
ソフトウェア開発 外注工数・レビュー工数削減 Time to Market短縮、リリース頻度向上 リリースサイクル、バグ修正リードタイム Step1〜2から段階的
定型業務・事務処理 RPAライセンス・保守費削減 例外処理の自動化、属人化解消 処理件数/人、例外発生率 Step2から着手
マーケティング / クリエイティブ 制作プロダクション費用削減 CVR改善、キャンペーン回転数増加 CVR、リード獲得単価、ABテスト回数 Step1から小さく開始
IT運用 / SRE 夜間待機・オンコールコスト削減 ダウンタイム削減による売上保護 MTTR、インシデント件数・重大度 Step2からPoC

では、具体的な業務シーンごとに「どこで元を取るか」を見ていきましょう。

Case 1: カスタマーサポート / 社内ヘルプデスク

ROIの源泉: 1次回答の自動化率(自己解決率)の向上と、有人対応時間の短縮。

ミニ計算例:CS一次応対の自己解決率を30%→60%にした場合

  • 月間問い合わせ数:10,000件
  • 1件あたりの有人対応コスト:600円(時給2,400円×15分)
  • AI導入前:自己解決率30% → 有人対応7,000件(=420万円/月)
  • AI導入後:自己解決率60% → 有人対応4,000件(=240万円/月)
  • Hard ROI(人件費削減):420 − 240 = 180万円/月
  • AI月額コスト(API+監視):60万円
  • ⇒ 純便益:120万円/月(年間1,440万円)

注意点: AIが嘘をつくとクレーム対応で逆にコストが増えます。これを防ぐには「RAG(検索拡張生成)」の精度が命です。

<稟議書サマリ例>
「CS一次応対の自己解決率を30%→60%に引き上げることで、年間1,440万円の純便益を見込む。
AIエージェント導入により、委託費・残業代を中心にHard ROIを創出する。」

Case 2: ソフトウェア開発 / レガシーコード刷新

ROIの源泉: 単なるコーディング時間の短縮ではなく、「市場投入速度(Time to Market)」の圧倒的な短縮です。

ミニ計算例:新機能リリースを年間1本→2本にできた場合

  • 1本あたりの新機能が生む年間追加売上:1,000万円
  • AI開発支援により、開発リードタイムが50%短縮 → 同じ人員で年間リリース本数が1本増加
  • Soft ROI(Time to Market由来の売上増):1,000万円/年
  • AI開発支援ツール(Copilot類やエージェント)の年間コスト:300万円
  • ⇒ 純便益:700万円/年(うち大半がSoft ROI)

このように、開発領域では「工数削減」ではなく、市場に出すスピード=売上機会をSoft ROIとして捉えることが重要です。

  • Hard ROI: 開発ベンダーへの発注工数の圧縮。
  • Soft ROI: バグ修正サイクルの高速化。
  • Risk ROI: ブラックボックス化したレガシーコードのドキュメント化・可視化。

Case 3: 定型業務・事務処理(RPAからの置き換え)

ROIの源泉: RPAが苦手とする「非定型・例外処理」の自動化。

  • Hard ROI: RPAメンテナンス費用の削減
    (画面操作ベースではなくAPI連携や構造化データ連携を中心に設計することで、従来の座標ベースRPAよりUI変更に強い構成にできる)。
  • Soft ROI: 判断が必要な業務(メール返信の下書き等)への適用拡大。

RPAは「手が早くなる」だけですが、AIエージェントは「判断」を代行します。この違いがROIの天井を突き破ります。

Case 4: マーケティング / クリエイティブ生成

ROIの源泉: コンテンツ制作量の爆発的増加と、ABテストの高速回転。

  • Hard ROI: 制作プロダクション費用の削減。
  • Soft ROI: パーソナライズ動画によるCVR(成約率)改善。

Case 5: IT運用/SRE(インシデント対応)

ROIの源泉: 障害復旧時間(MTTR)の短縮と、ダウンタイムによる損失回避。

  • Hard ROI: 夜間待機エンジニアの待機手当削減。
  • Risk ROI: システムダウン1分あたりの損失額 × 短縮分数。

第3章:2025年最新のコスト構造 ——「思考(System 2)」にお金を払う時代

ROI計算において、2025年に最も意識すべき変化が「System 2(推論モデル)」の台頭です。

OpenAIのo3系Reasoningモデルなどに代表される、推論特化型のモデル(本記事では便宜的に「System 2」と呼びます)は、回答前に内部で「思考」を重ねます。

これらは単に高価なだけではありません。最近のReasoningモデルでは、「どのタスクにどれくらいの推論ステップ(思考コスト)を割り当てるか」をある程度コントロールできるオプションが提供されており、本記事ではこの発想を 「Thinking Budget(思考トークン量の調整)」 と呼びます。

どの業務に、どれだけ「熟考させる予算」を配分するかが、2025年以降のコスト管理の核心になりつつあります。

「高い」モデルの方がROIが良い理由

System 1とSystem 2の「賢い使い分け」マトリクス

これらのモデルは、従来のGPT-4o等に比べてトークン単価が高く、レスポンスも遅いです。
しかし、「安くて早いモデルで失敗してやり直す」コストを考えてみてください。

  • System 1(直感型): 1回 10円。正答率 60%。3回リトライが必要。→ 実質30円+修正の手間。
  • System 2(熟考型): 1回 100円。正答率 95%。一発で解決。→ 実質100円だが、人間が介在するコストはゼロ。

人間の専門家(時給数千円〜数万円)が数時間かける仕事を、数百円のAIが数分で終わらせるなら、たとえトークン代が高くてもROIは圧倒的です。
2025年のROI計算では、「思考時間への投資」を恐れないことが成功の鍵です。

System 1とSystem 2の「賢い使い分け」マトリクス

コストを最適化するには、すべてをSystem 2で処理するのではなく、タスクの性質に合わせて使い分けるのが鉄則です。

  • 低難度×低重要度(FAQ、要約): System 1(GPT-4o mini等)だけで十分。
  • 中難度×中重要度(ドラフト作成): System 1で叩き台を作り、System 2で最終チェック。
  • 高難度×高重要度(契約書レビュー、意思決定): 最初からSystem 2を前提にする。

System 1/2設計チェックリスト

  • ✅ タスクを「低・中・高」の難易度と重要度にラベリングしているか?
  • ✅ 高難度×高重要度タスクは、最初からSystem 2前提で設計しているか?
  • ✅ System 1でドラフト作成 → System 2でレビューするタスクを定義しているか?
  • ✅ System 2を使うタスクの割合(全体の◯%)と、その月額予算枠を決めているか?
  • ✅ 「安いモデル前提でPoCをやって失敗する」パターンを避ける設計になっているか?

なお、System 2を多用するほど1回あたりの判断コストは上がるため、「どのタスクで、どのレベルのリスクを許容するか」の設計が重要です。
OWASPのLLMアプリケーション向けガイドライン(OWASP Top 10 for LLM Applications)でも、ガバナンス不備によるリスクが繰り返し指摘されています。

第4章:稟議を通すための「小さく産んで大きく育てる」ロードマップ

稟議を通すための「小さく産んで大きく育てる」ロードマップ いくらROI計算が完璧でも、いきなり数千万円の投資は通りません。
成功する企業は、以下のステップで「実績」を作っています。

  1. Step 1: 個人・チーム単位の導入(SaaS利用)
    KPI例:個人の生産性指標(1人あたりアウトプット量、残業時間)
    月額数万円レベルのツールで、特定のタスク(議事録、コード生成)の工数を激減させる。ここで「成功体験」を作ります。
  2. Step 2: 特定業務へのエージェント実装
    KPI例:プロセス指標(平均対応時間、自己解決率、バグ修正リードタイム)
    CSや社内QAなど、効果が見えやすい領域にRAGなどを導入。ここで「Hard ROI(コスト削減)」を実証します。
  3. Step 3: 全社展開と高度化
    KPI例:経営指標(営業利益率、LTV/CAC、チャーン率)
    自社データを連携させ、System 2モデルを活用した高度な判断業務へ適用範囲を広げます。

稟議書のストーリーは「3枚のスライド」で考える

承認されやすい稟議書は、以下の3部構成になっています。

3枚スライドのたたき台(例)

  1. Slide 1:現状の課題と放置コスト
    ・問い合わせ件数の増加により、CSコストが年率+15%で増加
    ・このまま3年間放置すると、累計で◯◯万円の追加コストが発生
    ・属人化・離職により、サービス品質が低下するリスクが高まっている
  2. Slide 2:AIエージェント導入によるROI試算
    ・自己解決率30%→60%で、Hard ROI:+1,800万円/年
    ・Soft/Risk ROIとして、リードタイム短縮・クレーム減少など+1,200万円/年
    ・AI総コスト:1,000万円/年 → 純便益:2,000万円/年、約1.5年で投資回収
  3. Slide 3:リスクと対策(失敗パターンの回避)
    ・Gartnerが指摘する「PoC止まり」「複雑性によるキャンセル」の要因を事前に潰す設計
    ・LLMOpsによるモニタリング(品質指標・コスト指標)、ロールバック手順
    ・System 1/2の使い分けと、段階的スケール戦略(Step1→2→3)の明示

※この3枚に、自社の数字とスクリーンショット(現状ダッシュボードなど)を差し替えるだけで、CxO向けの説明資料の叩き台として使えます。

第5章:失敗するAgentic AIプロジェクトの共通パターンと回避策

Gartnerレポートを引用した複数メディアの報道では、Agentic AIを含むプロジェクトの40%超が2027年末までにキャンセルされる可能性があると予測されています。これは「技術が未熟だから」ではなく、多くがROI設計や運用体制の不備によって頓挫している、という警告でもあります。
失敗するプロジェクトには、共通する3つのパターンがあります。

  1. ROIを「工数削減」だけで定義している
    対策:本記事の第1章で示した「3階層(Hard/Soft/Risk)」で再設計する。
  2. System 2コストを恐れて「安いモデル」でPoCをやる
    対策:能力不足のモデルで失敗するより、高コストでも高性能なモデルで「できること」を証明してから、コストダウンを考える。
  3. 運用監視(LLMOps)を後回しにして炎上する
    対策:PoCフェーズから最低限の監視・ログ・フィードバックループを設計に組み込む。

これら3つに当てはまっていれば、統計通りの「キャンセルコース」です。逆に言えば、ここまで挙げた3つのポイントを事前に潰し、「3階層ROI」とSystem 2前提の設計を行えば、統計上の40%キャンセル組から抜け出すことができます。

導入前に確認したいチェックリスト

最後に、プロジェクトを開始する前に以下の項目をチェックしてください。

  • ✅ 対象業務の「Beforeの数字(時間・コスト)」は測れているか?
  • ✅ Hard/Soft/RiskそれぞれのKPIを1つずつ言語化できるか?
  • ✅ AIの年間総コスト(API+運用)はラフに試算できているか?
  • ✅ System 1/2の使い分け方針は決まっているか?
  • ✅ 「失敗パターン」の対策(LLMOps等)は盛り込まれているか?

まずは、この記事の第1章「スプレッドシートの行と列」をそのまま社内のワークショップ資料に転用し、自社の1ケースだけ数字を入れてみてください。 そこからすべてが始まります。

専門用語まとめ

ROI (Return on Investment)
投資対効果。投資したコストに対して、どれだけの利益や効果が得られたかを示す指標。AI導入においては、金銭的リターンだけでなく時間短縮やリスク低減も含む。
System 2 (推論モデル)
直感的に即答するSystem 1に対し、時間をかけて論理的に推論・検証を行ってから回答する熟考型のAIモデル。OpenAIのo3系モデルなどが代表例。
AIエージェント
指示待ちではなく、自律的に計画を立て、ツールを使い、タスクを完遂するAIシステム。RPAのような定型処理だけでなく、判断を伴う業務が可能。
RAG (Retrieval-Augmented Generation)
AIに社内マニュアルなどの「カンニングペーパー」を持たせて回答させる技術。ハルシネーション(嘘)を減らすために必須。
LLMOps
AIモデルを本番環境で安全・確実に動かし続けるための運用管理の仕組み。AIの「健康診断」のようなもの。
トークン (Token)
AIが文章を処理する際の基本単位。だいたい「ひらがな1文字=1トークン」程度。AIの利用料金はこのトークン数で決まる。
PoC (Proof of Concept)
概念実証。本格導入する前に、「本当に使えるか?」「効果が出るか?」を小規模に試す実験のこと。

よくある質問(FAQ)

Q1. ROI算出のために、まず何をすべきですか?

A1. 現状の「業務プロセス」と「かかっている時間(コスト)」の可視化です。Beforeの数字がなければ、どんなにAIが優秀でもAfterの成果(ROI)を証明できません。

Q2. トークンコストの変動リスクはどう見積もるべき?

A2. モデルの価格競争は続いており、例えば OpenAIのGPT-4o mini(2025年時点)は、2022年に提供されていたtext-davinci-003と比べてトークン単価が約99%低下しています。長期的には明確な下落トレンドにありますが、利用量の増大による総額増加には注意が必要です。

Q3. 小規模な会社でもAIエージェントのROIは出ますか?

A3. はい、むしろ小規模な方が効果が出やすい場合があります。少人数で多くの業務をこなす必要がある環境こそ、AIエージェントによる「1人あたり生産性の向上」が経営にダイレクトに効くからです。

今日のお持ち帰り3ポイント

  • AIエージェントのROIは「削減工数」だけでなく「品質・リスク」を含めた3階層で計算する。
  • 「高いモデル(System 2)」は、人間の専門家よりは遥かに安い。思考時間への投資を恐れない。
  • RPAの延長で考えない。AIエージェントは「判断」を自動化し、ビジネススピードを変える投資である。

主な参考サイト

合わせて読みたい

更新履歴

  • 初版公開

ABOUT ME
ケニー 狩野
AI開発に10年以上従事し、現在は株式会社アープ取締役として企業のAI導入を支援。特にディープラーニングやRAG(Retrieval-Augmented Generation)といった最先端技術を用いたシステム開発を支援。 一般社団法人Society 5.0振興協会ではAI社会実装推進委員長として、AI技術の普及と社会への適応を推進中。中小企業診断士、PMP。著書に『リアル・イノベーション・マインド』。