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RAG導入の覚悟とは

RAG導入の覚悟とは

~DXの切り札、成功の鍵は準備と理解~

近年、生成AI技術を用いたRAG(検索拡張生成)は、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進において重要なツールとして位置付けられています。しかし、その導入が必ずしも成功を約束するわけではありません。むしろ、多くの企業が「安易な期待」と「準備不足」により、思わぬ壁に直面しています。

RAG導入の覚悟とは:RAGはDXの切り札である一方、その導入には深い理解と慎重な準備が欠かせません。成功には技術の限界を理解し、現実的な期待値を設定し、ユーザー企業と構築企業が協力して改善を積み重ねる姿勢が求められます。

本記事では、ユーザー企業とシステム構築企業がRAG導入時に覚悟しておくべき課題と、その対策を考察します。

RAG導入の現状:高まる期待とその落とし穴

RAGの導入は表面上、簡単に見えるかもしれません。「検索精度の高いAIが、即座に有用な回答を生成してくれる」との期待を抱く企業も少なくありません。しかし、現実には導入後に「思っていたほど効果が出ない」という不満が聞かれることもあります。

例えば、RAGシステム導入初期に回答精度が40%程度というケースは珍しくありません。この数字は技術者から見れば改善の余地が大いにある状態を示しますが、技術に疎い経営層や現場ユーザーには「使い物にならない」と受け取られる場合があります。このような期待値のギャップは、多くの企業で失敗の要因となってきました。

東京ガスの事例では、当初の導入時に「システムを構築すれば自動的に高い回答精度が得られる」との認識が広がっていました。その結果、初期段階で十分な精度が出なかったことに対し、現場で不満が噴出したのです。同社はこの反省を踏まえ、現場との期待値の調整を重視するアジャイル開発手法に移行しました。

構築企業の責任:技術を「正しく伝える」

RAGを構築するIT企業にも課題はあります。RAGはその技術的背景や制約を理解して初めて最大限の力を発揮するツールです。構築企業がこの点をユーザー企業にしっかりと伝えずにプロジェクトを進めた結果、期待と現実の乖離が問題になるケースがあります。

例えば、大和総研が三菱UFJニコスと共同でRAGシステムを開発した際には、綿密な対話を重ねることで期待値の調整を図りました。同時に、システムの仕組みや限界についても透明性を持って説明することで、信頼関係を構築しました。この取り組みの結果、三菱UFJニコスの社内文書検索では90%を超える正答率を実現しました。

データの準備不足がもたらす精度低下

RAGの成功において重要な鍵を握るのは、データの準備です。しかし、多くの企業でこの準備が不十分なまま導入が進められています。

データ準備における主な課題は以下の通りです:

1. データの整備不足

RAGの導入には、企業内に散在するデータの整備が不可欠です。
多くの企業が持つ資料は、PDFやExcelといった形式であり、これらを機械で処理可能なテキスト形式に変換する必要があります。特にExcelで整えられた資料は、人間向けのレイアウトが施されており、その順序通りに正確なテキストを抽出するのは手間がかかります。
更にPDF内の表形式や図に対する記述を引き出すのは大変難しいので、ツールなどで一旦パワーポイントのデータに変換してから処理した方が良いでしょう。

この整備不足が、検索精度に直接影響を与え、期待した回答精度を出せない要因となることが多いため、導入前のデータ整備が欠かせません。

2. データクレンジングの不備

データクレンジングは、RAGシステムの検索精度を左右する重要な前処理です。
具体的な作業には、不要な文字や記号の削除、空白や改行の調整、誤記や脱字の修正などが含まれます。また、全角・半角や大文字・小文字の統一、表記ゆれの統一、重複データの削除なども行います。

この処理が適切でないと、検索に使用されるデータの一貫性が保てず、精度が大きく低下するリスクがあります。データクレンジングは、システム全体の品質を支える基盤です。

3. チャンキングの最適化不足

検索精度を上げるための最も重要な前処理が「チャンキング(チャンク分割)」です。チャンクサイズの決定は難しい課題で、検索と生成でトレードオフの関係があります。

  • 大きいチャンク:回答生成に有利、検索に不利
  • 小さいチャンク:検索に有利、回答生成に不利

また、チャンクの分割方法にも注意が必要です。

  • 形式的な分割:文章単位やページ単位で機械的に分割
  • 意味による分割:文脈や意味を考慮して分割

大和総研の坂本博勝データドリブンサイエンス部長は「意味の切れ目をチャンクにすると、意味が充実した情報をLLMに渡せる」と指摘しています

例えば、ソフトバンクではRAG用データ作成ツールを導入し、ユーザーが適切にデータを整備できるよう支援しています。この取り組みが、回答精度の向上に大きく寄与しているそうです。

成功の鍵は「継続的な改善」

RAGシステムの導入は初めの一歩にすぎず、その後の継続的な改善が導入効果を最大限に引き出す鍵となります。導入後の運用を通じてシステムを改善し続けることで、ユーザー体験を高め、企業全体の成果に繋げることができます。ここでは具体的な改善手法を紹介します。

まず、ユーザーインターフェース(UI)の最適化が重要です。ユーザーがシステムをどれだけ受け入れ、継続的に使い続けるかはUIによって大きく左右されます。例えば、ユーザーが質問を入力した際に、その質問に関連する追加情報を求めたり、回答に不足がある場合には「どの情報を補えば良いか」を聞き返すようなインターフェースを設けると、ユーザーの納得感が向上します。また、関連する質問候補を表示するレコメンド機能や、回答の根拠を明示する仕組みも信頼性を高めるポイントです。大和総研では、こうした工夫によりユーザーからの信頼を得ることに成功しています。

プロンプトの改善も欠かせません。プロンプトとはAIに与える指示文で、これが不適切だと望む回答が得られません。例えば、多拠点企業が「ランチを食べられる店舗は?」と質問した場合、店舗や地域ごとに異なる回答を期待する必要があります。このように、地域や条件に応じた前提条件をプロンプトに反映することで、より適切な回答が得られ、ユーザーの満足度が向上します。プロンプトの改善はシステム導入時から継続的に行うことで、ユーザーの期待に応える質の高いシステムへと成長します。

さらに、ユーザーからのフィードバックを活用することも継続的な改善にとって重要です。エクサウィザーズの「RAGOpsテンプレート」のように、ユーザーの回答に対する評価を蓄積し、それを基に次の改善を行う仕組みは、RAGシステムの長期的な成功に直結します。また、回答精度の向上だけでなく、ユーザーのフィードバックから使用感や期待する機能を引き出すことにより、システム全体の改善に役立てることができます。

最後に、LLM(大規模言語モデル)の更新には慎重さが必要です。LLMのバージョンアップによりプロンプトの解釈が変わる可能性があり、それが回答精度の低下を引き起こすことがあります。そのため、LLMの更新後は、プロンプトのチューニングをし直し、ユーザーの期待に合った回答精度を確保する努力が不可欠です。

継続的な改善を行うことで、RAGシステムは導入時よりもさらに強力なツールとなり、企業のDX推進を支える存在となります。

RAG導入の覚悟:成功の鍵は期待と現実のバランス

RAG(検索拡張生成)はDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するための切り札として注目されていますが、その導入には慎重な姿勢と深い理解が必要です。RAGの導入を急ぐ企業にとって最大のリスクは、「技術に過度な期待を持つこと」です。「導入すればすぐに効果が出る」といった期待は、現実のギャップにより大きな失望を生むことが多く、場合によってはプロジェクト全体の失敗につながる恐れもあります。

ユーザー企業には、技術の限界を理解し、現実的な期待を持つ覚悟が必要です。RAGは万能ではなく、回答精度の向上にはデータ準備やシステム改善など、地道な取り組みが欠かせません。一方で、構築企業もまた、技術の特性や限界を誠実に伝える責任があります。「システムができれば全てが解決する」という誤解を放置することなく、ユーザーと共に段階的な成長を目指す姿勢が求められます。

RAGは単なる技術ツールではなく、企業の業務プロセスや文化に深く影響する存在です。導入と運用には、ユーザー企業と構築企業の連携が欠かせません。両者が協力し、現実的な期待値を設定し、運用を通じて地道に改善を積み重ねることこそが、成功への道筋です。焦って技術を導入するのではなく、覚悟を持って進めることが、RAG導入成功の鍵となるのです。

株式会社アープでは御社の社内にある独自データをChatベースで簡単に問い合わせることができるRAGシステムの構築をお手伝いしております。コンサルから見積もりを出すまでは無料ですのでお気軽にこちらからお問い合わせください。https://ragbuddy.jp/

以上

筆者プロフィール
ケニー狩野(中小企業診断士、PMP、ITコーディネータ)
キヤノン(株)でアーキテクト、プロマネとして多数のプロジェクトをリード。
現在、株式会社ベーネテック代表、株式会社アープ取締役、一般社団法人Society 5.0振興協会評議員ブロックチェーン導入評価委員長。
これまでの知見を活かしブロックチェーンや人工知能技術の推進に従事。趣味はダイビングと囲碁。
2018年「リアル・イノベーション・マインド」を出版。