【2025年決定版】ベクトルDB完全比較とRAG最新活用
この記事を読むとベクトルデータベースの仕組みから最新サービスの比較、選び方までがわかり、あなたのAIプロジェクトに最適なサービスを自信を持って選択できるようになります。
- 要点1:選定は「コスト」「運用リソース」「データ規模」で決まる。PoCならChroma/Qdrant、商用マネージドならPinecone、既存DB活用ならpgvectorが有力。
 - 要点2:RAGの精度向上には「ハイブリッド検索」が必須。DB側のネイティブ対応(Weaviate, OpenSearch)やフィルタリング(Qdrant)が鍵。
 - 要点3:エンタープライズ利用では「セキュリティ(SOC2)」「SLA」「マルチテナンシー」が技術性能以上に重要な選定基準となる。
 
Q1. ベクトルデータベースとは一言で何ですか?
A. AIがデータの「意味」を理解し、関連情報を高速検索するための専用記憶装置です。
Q2. なぜRAG(検索拡張生成)に必須なのですか?
A. LLMが外部の正確な情報に基づいて回答を生成するために、高速な意味検索が不可欠だからです。
Q3. 結局、どのデータベースを選べば良いですか?
A. 今すぐ「第1章:選定フローチャート」をご覧ください。 PoCならChroma、大規模商用ならPinecone、既存DB活用ならpgvectorが代表的な第一候補です。
序論:AI時代のデータ基盤、主戦場はベクトルデータベースへ
要約:2025年、ベクトルDBは「商用化元年」を迎え、市場は急成長しています。本記事では爆発的に増えた選択肢から最適なものを選ぶための最新指針を、コストと実装の両面から解説します。
2025年、AI活用はもはや一部の先進企業の専売特許ではありません。その中心で、テキスト、画像、音声といった非構造化データの「意味」を捉える技術、すなわちベクトルデータベースが決定的な役割を担っています。
市場調査データ(※2025年10月時点)によれば、ベクトルDB市場は2024年の2.2億ドルから急成長(CAGR 21.9%)しており、2025年はまさに「ベクトルDB商用化元年」とも言える転換期です。Oracle Database 23cがAIベクトル検索を統合するなど、エンタープライズDBへの標準搭載も始まり、AI開発の現場でベクトルDBの選定スキルは必須となりました。
しかし、選択肢は専用製品(Pinecone, Qdrant等)から、既存DBの拡張機能(pgvector, OpenSearch等)まで爆発的に増えています。さらに、マルチモーダルAIとの統合や、データレジデンシー(データ所在地)への対応も重要な要件となっています。
本記事では、この複雑化した選択肢を整理し、「あなたのプロジェクトに最適なDBはどれか」を明確にするための、実践的な選定フロー、コスト比較、RAG活用法を網羅的に解説します。
第1章:【最速結論】選定フローチャートとコスト比較
要約:技術選定は「データ規模」「既存資産」「運用リソース」の3軸で決まります。まずPoCで試し、スケール時に移行する戦略が主流です。
多忙なプロダクトマネージャーや開発者のために、まず結論から提示します。以下のフローチャートとコスト表を使い、自社の状況に当てはめてください。
目的別・選定フローチャート
視覚的な選定ガイドとして、以下のフローを参考にしてください。
- 1. データ量は?
- 1億件超 (大規模): → Milvus / Pinecone Enterprise
 - 1000万~1億件 (中~大規模): → Pinecone / Qdrant / Weaviate
 - 1000万件未満 (小~中規模): → ステップ2へ (全選択肢OK)
 
 - 2. 既存DBとの統合が必須か?
- Yes (拡張型): → pgvector / Amazon OpenSearch Service
 - No (専用型): → ステップ3へ
 
 - 3. 運用リソースは? (専用型の場合)
- 最小化したい (フルマネージド): → Pinecone (Serverless)
 - バランス重視 (OSSベースSaaS): → Qdrant Cloud / Weaviate Cloud
 - 自社で厳密に管理したい (OSSセルフホスト): → Weaviate / Qdrant / Milvus
 
 
詳細コスト比較表(2025年10月時点)
選定で最も重要なコスト感の比較です。特に無料枠と中規模(100万ベクトル)での価格差が選定の分かれ目となります。
| サービス | 無料枠 | 小規模 (10万ベクトル) | 中規模 (100万ベクトル) | 大規模 (1000万ベクトル) | 
|---|---|---|---|---|
| Pinecone | 30万ベクトルまで (Serverless) | 無料枠内 | $70 / 月~ | $200 / 月~ | 
| Qdrant Cloud | 100万ベクトル (1GB) まで無料 | 無料枠内 | 無料枠内 | $50 / 月~ | 
| Weaviate Cloud | $5/月から (SaaS) | $50 / 月~ | $150 / 月~ | $800 / 月~ | 
| Chroma | 無料 (OSS) / Cloud (制限付無料) | 無料 (OSS) | $100 / 月~ (Cloud) | 推奨外 (他を検討) | 
| pgvector (AWS RDS) | AWS無料枠 (t4g.micro) | $30 / 月~ (db.t4g.small) | $120 / 月~ (db.t4g.medium) | $240 / 月~ (db.t4g.large) | 
💡 TCO(総所有コスト)の考え方
料金表の安さだけで選んではいけません。TCO(総所有コスト)で判断することが重要です。
- マネージドサービス (Pinecone等): 月額費用は高く見えますが、インフラ管理、スケーリング、パッチ適用の人件費(隠れコスト)がゼロになります。
 - セルフホストOSS (Milvus, Qdrant等): ライセンス費用は無料ですが、これらを本番運用できる高度なインフラエンジニアの人件費とサーバー費用が継続的に発生します。
 
推奨戦略: まずは「PoCをQdrant Cloudの無料枠で、本番移行時に要件に合わせてPinecone Serverlessやセルフホストを検討する」という段階的な導入が2025年現在の最適解です。
第2章:主要ベクトルDB徹底比較(2025年10月最新版)
要約:各サービスは急速に進化しています。Pineconeはコスト最適化、WeaviateはRAGネイティブ機能、Qdrantは性能とマルチテナント、Milvusは超大規模スケーラビリティで差別化しています。
フローチャートとコストで候補を絞ったら、次は詳細機能と最新アップデートを比較します。
専用型ベクトルDB
Pinecone (パインコーン)
マネージドSaaSの絶対王者。特に2024年後半から提供された「Serverlessプラン」により、運用負荷とコスト最適化の両面で圧倒的な優位性を持ちます。エンタープライズ対応も万全です。
- 2025年最新Update:
- API v2025-04リリース: インデックスタグ付け、推論(RAG)の統合パイプライン機能が追加。
 - Python SDK v7.0.0 / Node.js SDK v6.0.0: Serverlessプランに完全対応し、管理機能が強化されました。
 - Assistant機能の強化: RAGの回答に「引用ハイライト機能」が追加され、根拠の可視性が向上。
 - コスト管理: 複数の支出アラート(Billing Alerts)が設定可能になり、予期せぬコスト増を防げるようになりました。
 
 
# Pinecone: 接続とクエリのイメージ
from pinecone.grpc import PineconeGRPC as Pinecone
pc = Pinecone(api_key="YOUR_API_KEY")
index = pc.Index("my-index")
# ベクトルとメタデータを格納
index.upsert(vectors=[
    {"id": "vec1", "values": [0.1, 0.2, ...], "metadata": {"genre": "doc"}}
])
# 検索
index.query(vector=[0.1, 0.2, ...], top_k=5, filter={"genre": "doc"})
Weaviate (ウィービエイト)
OSSベースの多機能型DB。RAG機能のネイティブサポートとGraphQL APIが特徴です。セルフホストの柔軟性と高機能なSaaS(Weaviate Cloud)を選べます。
- 2025年最新Update:
- v1.32 (2025年7月): 「Collection Aliases」(インデックスの別名管理)や「圧縮HNSW」が実装され、大規模運用機能が強化。
 - ネイティブRAG (v1.30~): 単一のAPI呼び出しで「検索→LLM(OpenAI, Cohere等)→回答生成」までを実行可能。
 - HIPAA対応: 2025年、AWS上のWeaviate CloudがHIPAA(医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律)に対応し、医療分野での利用が加速。
 
 
# Weaviate: 接続とRAGのイメージ
import weaviate
client = weaviate.Client(
    url="https://your-cluster.weaviate.network",
    auth_client_secret=weaviate.AuthApiKey(api_key="YOUR_API_KEY"),
)
# ネイティブRAG (Generative Search)
response = (
    client.query
    .get("Document", ["title", "content"])
    .with_generate(single_prompt="この内容を要約して: {content}")
    .with_near_text({"concepts": ["AIの未来"]})
    .with_limit(3)
    .do()
)
Qdrant (クアドラント)
Rust製で「パフォーマンス」と「メモリ効率」を最重要視するOSS。高速なフィルタリング検索と強力なマルチテナント機能が強みです。導入の容易さからPoCで人気に火が付き、そのまま本番採用されるケースが増えています。
- 2025年最新Update:
- 性能優位性: Rust基盤により、特定のベンチマーク(※2025年 Monotaro事例)ではPinecone p2ポッドの4倍のRPS(Requests Per Second)を達成。
 - SOC 2 Type II認証取得: Qdrant CloudがSOC 2認証を取得し、エンタープライズセキュリティ要件に対応。
 - マルチテナンシー強化: 名前付きコレクション(Collection Aliases)により、数千~数万テナントの分離・管理が容易になりました。
 
 
# Qdrant: 接続とフィルタ検索のイメージ
from qdrant_client import QdrantClient
from qdrant_client.http.models import PointStruct, Filter, FieldCondition, Range
client = QdrantClient(url="http://localhost:6333")
# メタデータ付きで格納
client.upsert(
    collection_name="my_collection",
    points=[
        PointStruct(id=1, vector=[0.1, ...], payload={"city": "Tokyo", "year": 2024}),
        PointStruct(id=2, vector=[0.2, ...], payload={"city": "Osaka", "year": 2025}),
    ]
)
# 高速なフィルタ付き検索
client.search(
    collection_name="my_collection",
    query_vector=[0.1, ...],
    query_filter=Filter(
        must=[FieldCondition(key="year", range=Range(gte=2025))]
    ),
    limit=5
)
Milvus (ミルバス)
LF AI & Data Foundationの卒業プロジェクトであり、OSSとしての信頼性が非常に高いです。「数十億規模」のスケーラビリティに特化しており、他のDBでは扱いきれない超大規模データセットを扱う場合の第一選択肢となります。ただし、アーキテクチャが複雑で運用難易度は高めです。
拡張型ベクトルDB
- PostgreSQL (pgvector): 既存のPostgreSQLの拡張機能。HNSWインデックス実装により性能が向上し、使い慣れたRDBで構造化データとベクトルを同一トランザクションで扱えるのが最大の強みです。
 - Amazon OpenSearch Service: ElasticsearchベースのAWSマネージドサービス。キーワード検索とベクトル検索を組み合わせたハイブリッド検索が強力で、AWSエコシステムとの連携もスムーズです。
 
定量的パフォーマンス比較(ベンチマーク)
技術選定では定量データが不可欠です。独立系ベンチマーク(`ann-benchmarks.com`)や各社の公開事例(2025年10月時点)によれば、以下の傾向があります。
- スループット (QPS):
100万ベクトル・768次元のデータセットにおいて、セルフホストのQdrantやWeaviateは、適切なマシンリソース(例:16vCPU, 64GB RAM)とHNSWパラメータチューニングにより、5,000~10,000 QPS(Queries Per Second)の高いスループットを達成可能です。 - レイテンシ (P95):
マネージドSaaSのPinecone Serverlessは、低~中程度の負荷においてP95レイテンシ(95%のクエリがこの時間内に返る)を50ms~100msに抑えることを目標としており、安定したUXを提供します。 - メモリ効率:
QdrantはRustの特性とスカラー量子化(Scalar Quantization)により、メモリ消費量を抑えつつ高い性能を維持できると報告されています。 
第3章:【RAG最新活用】ハイブリッド検索とエンタープライズ要件
要約:2025年のエンタープライズRAGでは「ハイブリッド検索」が標準です。また、選定基準は性能から「セキュリティ」「SLA」「コンプライアンス」といった非機能要件に移っています。
2025年の標準要件:ハイブリッド検索とは?
RAGの精度を上げるため、ベクトル検索(意味検索)とキーワード検索(完全一致)を組み合わせる「ハイブリッド検索」が標準となりました。
- なぜ必要か?: ベクトル検索は「AI」と「人工知能」を同一視できますが、「製品型番A-100」や「田中太郎」といった固有名詞の検索を苦手とします。一方、キーワード検索(BM25など)は固有名詞に強いです。
 - どう組み合わせるか?: 両方の検索を同時に実行し、それぞれのスコアをRRF(Reciprocal Rank Fusion)などのアルゴリズムで賢く合算し、最終的なランキングを作成します。
 
各サービス別・ハイブリッド検索の実装比較
- Weaviate: BM25/TF-IDFをDBにネイティブ統合しており、単一のクエリで簡単にハイブリッド検索を実行できます。
 - Amazon OpenSearch: Elasticsearchベースであるため、強力なキーワード検索とベクトル検索の融合(RRF含む)をネイティブでサポートしています。
 - Qdrant: 高速なプリフィルタリング(Pre-filtering)を活用し、キーワード検索(例:別DBや全文検索エンジン)の結果とベクトル検索をアプリケーション側で組み合わせる高性能なパターンが得意です。
 - Pinecone: Serverlessプランでハイブリッド検索(疎ベクトルサポート)に対応しており、マネージドで手軽に実現できます。
 
エンタープライズ選定の追加考慮事項
PoCを終え、本番導入に進むと、技術性能よりも以下の「非機能要件」が選定の決め手となります。
a) データガバナンスとコンプライアンス
機密情報を扱う場合、これが最重要です。
- SOC2, HIPAA, GDPR: Pinecone, Qdrant Cloud, Weaviate Cloud (AWS) など主要SaaSは、SOC 2 Type II認証やHIPAA対応を完了・進行中であり、エンタープライズ利用の前提条件となっています。
 - データレジデンシー: EUのGDPRや日本の規制に対応するため、「データを指定したリージョン(例:東京)から絶対に出さない」機能が必須です。各SaaSの対応リージョンを確認してください。
 
b) SLA(サービスレベル契約)
システムが停止した際のビジネスインパクトを定義します。
- 稼働率保証: PineconeのEnterpriseプランなどは「99.9%」といった稼働率をSLAで保証しています。SLAのない無料プランやOSSセルフホストは、本番運用ではリスクとなります。
 - サポート体制: 24時間365日の緊急サポート窓口の有無。
 
c) マルチテナンシー
SaaS(サービスとしてのソフトウェア)を構築する場合、単一のDBインスタンスで複数顧客のデータを「論理的に分離」する機能が必須です。
- Qdrant: 名前付きコレクション(Collection Aliases)により、低オーバーヘッドで数万テナントを分離する機能に優れています。
 - Weaviate: クラス(スキーマ)ベースでのテナント分離を提供します。
 
d) ディザスタリカバリ (DR)
障害に備える機能です。
- バックアップ・リストア: マネージドサービスでは自動バックアップが基本です。OSSセルフホストの場合、この運用を自前で設計する必要があります。
 - マルチリージョン展開: 大規模障害に備え、インデックスを複数の地理的リージョンに複製する機能の有無。
 
第4章:実装事例とベストプラクティス
要約:成功の鍵はDB選定後にある。「チャンキング戦略」と「埋め込みモデル選定」がRAGの精度を左右します。
成功事例
- モノタロウ (Qdrant導入事例): 商品検索において、セルフホストQdrantがPinecone p2ポッドの4倍のRPS(スループット)と低レイテンシを実現したと報告(2025年)。Rustの性能とメモリ効率、OSSの柔軟性が選定理由となりました。
 - Eコマース (レコメンデーション): ユーザーの閲覧履歴ベクトルと商品ベクトルを比較し、「この商品を見た人はこちらも見ています」をリアルタイムで生成。ここではレイテンシが最重要視されます。
 - エンタープライズRAG (社内文書検索): 社内の数万件のPDFやドキュメントをベクトル化。ハイブリッド検索とメタデータ・フィルタリング(例:「人事部」かつ「2024年以降」)を組み合わせ、高精度な社内AIチャットボットを実現。
 
RAG実装のベストプラクティス
DBの性能を最大限に引き出すには、DBに入れる「データ」の作り込みが不可欠です。
- チャンキング戦略:
- 小さいチャンク (例: 256-512トークン): 検索精度(Recall)が向上しやすいですが、情報が断片化しすぎ、LLMが回答を生成しにくい場合があります。
 - 大きいチャンク (例: 1024-2048トークン): 検索精度は落ちる可能性がありますが、LLMがリッチな文脈で回答を生成できます。
 - 戦略: 「小さく検索し(512トークン)、大きく渡す(前後を結合して2048トークン)」といった高度な戦略がRAGの精度を高めます。
 
 - 埋め込みモデル (Embedding) の選定:
- DBは「器」であり、ベクトルを作る「モデル」がRAGの性能の大部分を決定します。
 - OpenAI `text-embedding-3-large`: 高性能だがAPIコストがかかります。
 - Cohere `embed-v3`: RAG用途に特化しており、高い評価を得ています。
 - オープンソース (E5, multilingual-e5): コストはかかりませんが、自前でモデルをホストするリソースが必要です。日本語特化モデルなども存在します。
 
 
よくある失敗パターンと回避策
- 失敗: 過剰なベクトル次元数設定
- `text-embedding-3-large` (3072次元) などの高次元モデルは高精度ですが、DBのストレージコストと検索レイテンシが跳ね上がります。
 - 回避策: 768次元や1024次元のモデルでも十分なタスクは多いです。コストと精度のバランスを見極めてください。
 
 - 失敗: メタデータ設計の不備
- ベクトルだけを格納し、メタデータ(出典ファイル名、ページ番号、カテゴリ)を設計しないと、「絞り込み検索」ができず、RAGの引用もできません。
 - 回避策: ETL(データ取り込み)パイプラインの段階で、リッチなメタデータを必ず設計・付与してください。
 
 - 失敗: スケーリング計画の欠如
- ChromaやローカルのpgvectorでPoCが成功した後、データが1000万件に増えた途端に破綻するケース。
 - 回避策: 第1章のフローチャートに戻り、将来的なデータ規模を見据えたDB(Pinecone, Qdrant Cloud等)への移行パスをPoC段階から設計してください。
 
 
第5章:市場動向と2026年へのロードマップ
要約:市場は「既存DBへの統合」と「AI特化DB」に二極化。今後はマルチモーダル検索、AIエージェントとの統合が焦点となります。
ベクトルDB市場の最新動向(2024-2025年)
2025年10月現在、市場は二極化しています。
- 既存DBへの「統合」: Oracle 23c, AWS RDS (pgvector), MongoDB (Atlas Vector Search), Elasticsearch等がベクトル機能を標準搭載。「いつものDB」でAI開発ができる利便性でシェアを伸ばしています。
 - AI特化DBの「進化」: Pinecone, Qdrant, Weaviateなどは、RAGパイプラインの統合、低レイテンシ、高度なスケーラビリティといった「AI特化」機能で、既存DBでは不可能なパフォーマンス領域で差別化を図っています。
 
市場シェアは依然として米国が81%を占めますが、データレジデンシー要件の高まりを受け、欧州(ドイツ、フランス)やアジア(日本、シンガポール)でのクラウドリージョン開設が相次いでいます。
2026年に向けた技術ロードマップ
- マルチモーダル検索の標準化: テキスト、画像、音声を単一のクエリで扱う「マルチモーダル検索」が、Eコマースやメディア業界で標準機能となります。
 - AIエージェントとの統合: Pinecone Assistantに代表されるように、DB自体がAIエージェント(計画・実行・自己評価)の「長期記憶」として機能し、より自律的なAIシステムの基盤となります。
 - エッジコンピューティングへの展開: `LanceDB`や`Chroma`のパーシステントモードなど、モバイルデバイスやエッジサーバーで動作する軽量なベクトルDBが、プライバシー重視のオンデバイスAIで需要を伸ばします。
 - 量子化技術の進展: データを圧縮してメモリ消費を劇的に下げる「量子化(Quantization)」技術がさらに進化し、大規模データの運用コストが低下すると予測されます。
 
第6章:(技術補遺)ベクトル検索の仕組み
要約:ベクトル検索の速度はANN(近似最近傍探索)アルゴリズムによって実現されます。HNSW(グラフ)とIVF(クラスタ)が主流であり、性能は常にトレードオフです。
(※本章は中級~上級エンジニア向けの技術解説です)
ANNアルゴリズム(HNSW, IVF)の仕組み
数億件のベクトルから瞬時に検索するため、ベクトルDBは「完全な正解(最近傍)」ではなく「ほぼ正解(近似最近傍)」を見つけるANNアルゴリズムを使います。
- HNSW (階層的ナビゲーラブル・スモール・ワールド):
- 仕組み: 「高速道路網(上位層)と一般道(下位層)を持つ地図」のようなグラフ構造を作ります。検索時は、まず高速道路で目的地(クエリ)の近くまで行き、徐々に一般道に降りて最短ルートを探します。
 - 特性: 検索速度が非常に速く高精度ですが、インデックス構築に時間がかかり、メモリ消費量が大きいです。(Qdrant, Weaviate, Pinecone, Milvus, pgvectorが採用)
 
 - IVF (Inverted File Index):
- 仕組み: データをあらかじめ「地域ごと(クラスタ)」に分類した電話帳のようなものです。検索時は、まずクエリに最も近い地域(例:渋谷区)をいくつか選び、その中だけを詳細に検索します。
 - 特性: HNSWより検索速度や精度は劣る場合がありますが、インデックス構築が速く、メモリ効率が良いです。(Milvus, pgvectorが採用)
 
 - Product Quantization (PQ): ベクトル自体を圧縮し(例:1024次元を128次元に)、メモリ使用量を劇的に削減する技術。速度向上にも寄与しますが、精度は低下するトレードオフがあります。
 
距離メトリクス(コサイン類似度など)の選択
ベクトルの「近さ」を測るモノサシ(距離メトリクス)の選択は、Embeddingモデルとセットで決まります。
- コサイン類似度 (Cosine Similarity):
- 概要: 2つのベクトルの「向き」がどれだけ似ているかを測ります(-1~1)。長さ(大きさ)は無視します。
 - 用途: テキストや文書の「トピック」の類似性を測るのに最適。OpenAIのEmbeddingモデルなどで推奨されます。
 
 - ユークリッド距離 (Euclidean Distance / L2):
- 概要: 2点間の「最短直線距離」を測ります。
 - 用途: 画像の色や形の類似性など、絶対的な差が意味を持つ場合に適しています。
 
 - 内積 (Dot Product):
- 概要: 「向き」と「大きさ(マグニITUDE)」の両方を考慮します。
 - 用途: 推薦システムなど、類似性だけでなく「重要度」も加味したい場合に使われます。
 
 
専門用語まとめ
- ベクトル(Vector)
 - テキストや画像などの情報を、意味的な特徴を保持したまま変換した高次元の数値配列。「埋め込み(Embedding)」とも呼ばれる。
 
- ANN(近似最近傍探索)
 - Approximate Nearest Neighbor. 膨大なデータの中から完全に最も近い点ではなく、「だいたい最も近い」点を高速に見つけ出すアルゴリズム群の総称。
 
- HNSW (Hierarchical NSW)
 - ANNアルゴリズムの一種。高速道路と一般道のような階層型グラフ構造を持ち、高速・高精度な検索を実現する。現在の主流技術。
 
- ハイブリッド検索
 - ベクトル検索(意味)とキーワード検索(BM25など)を組み合わせ、両者の長所(意味理解+固有名詞)を活かす検索手法。RAGの精度向上に必須。
 
- マルチテナンシー
 - 単一のDBインスタンスで、複数の顧客(テナント)のデータを論理的に分離・管理する機能。SaaS構築に不可欠。
 
- 量子化 (Quantization)
 - ベクトルデータを圧縮し、メモリ使用量とストレージコストを削減する技術。スループット向上にも寄与するが、精度とトレードオフになる。
 
よくある質問(FAQ)
Q1. ベクトルデータベースは、従来のデータベースの代替になるのですか?
A1. いいえ、なりません。両者は得意分野が異なり、多くの場合、構造化データを扱う従来DBと、非構造化データの意味検索を担うベクトルDBが連携してシステムを構築します。
Q2. コストはどれくらいかかりますか?
A2. サービスや規模で大きく異なりますが、概算は第1章の「コスト比較表」を参照してください。Qdrant Cloud(100万ベクトルまで無料)やPinecone Serverless(30万ベクトルまで無料)など、強力な無料枠でスモールスタートが可能です。
Q3. 検索の精度は何で決まるのですか?
A3. 主に2つです。①データをベクトル化する「埋め込みモデル」の性能と、②データベースの「検索アルゴリズム(ANNインデックス)」のチューニングです。両者を適切に選択・設定することが重要です。
Q4. pgvectorで十分なケースとは?
A4. 既にPostgreSQLがシステムの中核にあり、ベクトルデータ数が1000万件未満で、かつ構造化データとの厳密なトランザクション管理が必要な場合です。超低レイテンシや大規模スケーラビリティが不要な場合に最適です。
Q5. ベクトル次元数はどう決めるべき?
A5. 使用するEmbeddingモデルに依存します(例:OpenAI text-embedding-3-smallは1536次元)。基本はモデルの推奨値を使います。次元数を落とす(MTEBなど)とコストは下がりますが精度が犠牲になるため、コストと精度のトレードオフで決定します。
Q6. インデックス再構築の頻度は?
A6. Pinecone, Qdrant, Weaviateなどの最新DBは、リアルタイムでのデータ追加・更新に対応しており、HNSWインデックスの「再構築」は原則不要です。IVFインデックスはデータ分布が変わると再構築が必要な場合があります。
Q7. オンプレミス(セルフホスト)展開は可能?
A7. はい、可能です。Qdrant, Weaviate, MilvusはOSSであり、オンプレミスやプライベートクラウド(VPC)に自由にデプロイできます。データガバナンスが非常に厳しい場合に選択されます。
Q8. ベクトルDBのバックアップ戦略は?
A8. マネージドSaaS(Pinecone等)は自動でスナップショットやレプリケーションが行われます。セルフホスト(Qdrant等)の場合は、ストレージのスナップショット機能(例:AWS EBS Snapshot)を利用するか、DBのバックアップAPIを定期的に実行する運用が必要です。
主な参考サイト
- Pinecone Official Website
 - Weaviate Official Website
 - Milvus Official Website
 - Qdrant Official Website
 - Amazon OpenSearch Service Official Page
 - pgvector (GitHub)
 
合わせて読みたい
- RAG(検索拡張生成)とは?仕組み・重要性を図解で徹底解説【2025年版】(全体の基礎を学ぶ)
 - RAGデータパイプライン構築ガイド|精度を最大化するETLと前処理(この前工程を学ぶ)
 - RAG技術の進化:性能向上のための7つの戦略(より高度な応用を知る)
 
更新履歴
- 初版公開
 - 2025年版アップデート
 - アップデート、および選定フローチャート、コスト比較表、エンタープライズ要件、最新ベンチマーク、RAG活用事例、最新ロードマップを追記。