【2025年最新】ガートナー分析:生成AI市場1.3兆ドルの衝撃
ガートナー社の60分ウェビナーを15分で理解
2025年にリリースされたガートナー社のオンラインウェビナー「GenAIが7兆ドルのIT市場に与える影響」(60分)を15分で理解できるよう日本語に要約してみました。世界のIT市場が2024年に5.6兆ドルという巨大な規模に達し、前年比9.8%という力強い成長を見せる中、その牽引役として注目を集めているのが生成AI(GenAI)です。ガートナーの最新分析によると、生成AI市場は2023年の826億ドルから2028年には1.3兆ドルへと急拡大すると予測されており、IT市場全体に与える影響は無視できない規模に達しています。
しかし、この急成長の背景には従来のIT市場とは大きく異なる構造的特徴があります。現在の生成AI市場の支出構造を詳しく分析すると、約80%がハードウェアによって占められているという驚くべき実態が明らかになります。これは通常のIT市場におけるハードウェアの割合(約20%)と比較すると、生成AI市場の独特な性格を物語っています。
註)詳細は以下のサイトから登録するとウエビナーが視聴できます。
https://webinar.gartner.com/676097/agenda/session/1510999?login=ML
生成AI市場の構造的特徴と支出動向
❶ ハードウェア投資が市場を牽引する理由
生成AI市場におけるハードウェア支出の圧倒的な優位性は、この技術の本質的な特徴を反映しています。AI最適化サーバー、AI対応スマートフォン、PCといったハードウェアが市場成長の主要な推進力となっており、特にデータセンターシステム市場は2024年に21.9%という非常に高い成長率を示しています。
この成長の中心にあるのは、テクノロジーサービスプロバイダー、特にハイパースケーラーによるAI最適化サーバーへの大規模投資です。ハイパースケーラーは昨年、AI最適化サーバーに全体の76%を投資し、今年も20%以上の成長が見込まれています。
「ハイパースケーラー」とは、グローバル規模でデータセンターやクラウドサービスを提供できるインフラと運用能力を持つ企業です。
【代表的なハイパースケーラー企業】
・Amazon Web Services(AWS)
・Microsoft Azure
・Google Cloud Platform(GCP)
・Alibaba Cloud
・Oracle Cloud
・IBM Cloud
かみ砕き解説:なぜハードウェア投資が圧倒的なのか
生成AIを「料理を作る工程」に例えると、現在の状況は「巨大なキッチンとプロ仕様の調理器具を揃えている段階」です。美味しい料理(AIサービス)を提供するためには、まず十分な調理設備(AI最適化サーバー)が必要で、その後に調理法(ソフトウェア)や食材(データ)の工夫が続きます。現在はその「設備投資」の段階にあるため、ハードウェアへの支出が圧倒的に多くなっているのです。
❷ ハイパースケーラーの戦略転換
ガートナーの分析で特に注目すべきは、ハイパースケーラーのビジネスモデルの変化です。従来のサーバー容量をレンタルするIaaS(Infrastructure as a Service)提供者から、生成AI領域における「製品・サービス会社」へと移行しつつあります。
この変化は、Microsoft Copilot、Google Gemini、Meta Llama、xAI Grokなどの自社製品・サービスをサポートするための「内部価値」創出に投資の焦点が移っていることを示しています。サービスプロバイダーは2028年までに1兆ドル相当のAI最適化サーバーを運用することになると予測されており、これは従来のCPUベースのサーバーへの支出を大きく上回る規模です。
❸ 投資と収益のギャップ問題
しかし、この大規模投資には重要な課題があります。AI最適化サーバーへの支出と、それに関連するIaaSからの収益の間には、累積で大きな赤字が生じると予測されています。具体的には、2028年までに累積で8,520億ドルの赤字が見込まれており、これは生成AIのトレーニングと推論のためのキャパシティ増強が現在も進行中であることを示しています。
項目 | 2024年実績 | 2028年予測 |
---|---|---|
AI最適化サーバー投資割合 | 76% | 継続増加 |
サーバー市場成長率 | 29.2% | 26.1%(長期) |
累積投資収益ギャップ | 拡大中 | 8,520億ドル赤字 |
消費者向けデバイス市場の現状と課題
❶ AI対応デバイスの普及予測
消費者向けハードウェア市場では、AI対応スマートフォンやPC、タブレットが生成AI市場の重要な構成要素となっています。特にプレミアムモバイルフォンでは、2026年までに90%の端末に生成AI機能や対応チップが搭載されると予測されており、2027年以降はこれがほぼ標準となる見込みです。
❷「キラーアプリ」不在の課題
しかし、これらの端末における生成AI機能については重要な課題があります。現状では、生成AI機能を必須とするような「キラーアプリ」が登場していないのです。このため、消費者は生成AI対応製品を積極的に「買う」のではなく、販売側からの働きかけによって「売られる」形での普及が中心になると予測されています。
かみ砕き解説:「売られる」デバイス普及の実態
これは「スマートテレビ」の普及パターンに似ています。多くの消費者はスマート機能を求めてテレビを買うのではなく、「新しいテレビを買ったら、たまたまスマート機能がついていた」という状況です。生成AI対応デバイスも同様で、消費者は予算内で最新のものを購入した結果、生成AI機能がついてくるという「おまけ」的な普及になると考えられています。
ソフトウェア市場における生成AI統合の実態
❶ 既存ソフトウェアへの機能統合が主流
ソフトウェア市場では、独立した生成AIアプリケーションの開発よりも、既存のアプリケーションソフトウェア(CRM、ERPなど)に生成AI機能をフィーチャーとして組み込む形での統合が進んでいます。ガートナーは、2026年までに生成AI機能を持つソフトウェアへの支出が持たないものを上回ると予測しています。
❷ 独立型生成AIソフトウェアの限定的な市場
一方で、生成AI自体を主機能とする独立したソフトウェア市場の規模は、全ソフトウェア市場の中で見ると限定的です。2028年でもその割合は5%を超えることはないと予測されており、これは生成AIの価値の多くが既存ソフトウェアの機能強化という形で実現されるためです。
生成AIモデル市場の動向と将来展望
❶ 基盤モデルから特化型モデルへの移行
生成AIモデル市場自体も2028年までに390億ドル規模に成長すると予測されています。当面は非常に大規模な基盤モデル(Foundational Models)が中心ですが、2027年以降は特定の用途に特化した特化型モデル(Specialized Models)の成長が加速すると見られています。
「特化型AIモデルって何?」
ウエビナーでは説明がありませんでしたので特化型AIモデルについて簡単に解説します。
それは、医療(例:創薬支援のNVIDIA BioNeMo)、法律(例:法律文書作成支援のHarvey)、金融、製造、プログラミング支援(例:コード生成のdevin)、顧客対応(例:自動応答のZendesk AI)など、特定の業種や業務用途に“ど真ん中”で最適化されたAIのことです。
「なんでも屋」ともいえる汎用的な大規模AIモデルと比べ、特化型モデルはその分野の専門用語や業界特有の複雑な文脈を深く理解する能力に長けており、より高い精度での応答や処理が期待できます。
多くの場合、汎用モデルよりも比較的小規模・軽量に設計できるため、AIの学習や運用にかかるコストを抑えやすいのが大きなメリット。さらに、金融業界の規制や医療分野のプライバシー保護といった、業界特有の厳しい規制やセキュリティ要件にも対応しやすいという強みも持っています。企業が自社のデータで開発・調整すれば、情報管理の面でも安心感が増すでしょう。
まさに「餅は餅屋」。それぞれの専門分野で、より深く、効率的に活躍することが期待されるAIです。
❸ 寡占市場への移行予測
基盤モデルは開発コストや技術的ハードルが非常に高いため、将来的には少数のベンダーによる寡占(oligopoly)市場となる可能性が高いとガートナーは予測しています。ハイパースケーラーの大規模投資は、この寡占を見据えた戦略的な動きであると分析されています。
企業経営者が直面する課題と対応策
CIOが直面する選択の複雑さ
市場全体としては、CIOにとって生成AI関連の製品やサービスが「混雑し、騒がしい」状況となっています。多くの選択肢の中から、ビジネス価値、リスク、導入の確実性を考慮して最適なソリューションを選ばなければならず、あらゆるソフトウェア会社がCIOの時間と注意、限られた予算を奪い合う状況になっています。
期待値の正常化プロセス
生成AIに対する期待値は、ピークであった2024年初頭から下降傾向にあり、特に2025年は期待値が大きく下がる「スライドの年」、2026年は「谷」となると予測されています。ただし、これは期待が低くなるのではなく、かつて過度に高かった期待値が現実的なレベルに戻るという意味であり、投資の動機は依然として存在します。
❶ 自社開発から既製品購入への移行
初期には自社での生成AI開発も試みられましたが、製品の信頼性や予測可能性が向上するにつれて、今後は既製ソフトウェアの購入・導入が中心になると見られています。
❷ M&A活動の活発化
2024年、2025年はテクノロジー分野、特にAI領域でM&Aが活発化すると予測されています。これは、初期のスタートアップが提供していた「パズルの断片」が統合され、より包括的なソリューションが生まれる自然な流れに加え、低金利時代の終焉により資金調達が難しくなったスタートアップが買収されるケースが増えるためです。
将来に向けて必要なスキルと戦略
技術とビジネスを結ぶ翻訳能力
生成AI関連で将来にわたって重要な技術スキルは、ビジネス要求を技術的な提案に翻訳する能力です。生成AIの初期導入は既存プロセスの効率化が中心ですが、本来は「これまでできなかった新しいこと」や「より良い方法での変革」を目指すべきであり、その実現にはビジネスと技術を結びつけるスキルが不可欠です。
市場参入と競争環境の変化
競争優位性の再定義
競争環境も大きく変化しており、ほぼ全てのソフトウェア市場で既に生成AI機能を持つ製品が投入され、先行者利益が確保されている状況です。2025年には、ほぼ全てのソフトウェア会社が製品に生成AI機能を搭載するか、搭載予定となっています。このため、単に生成AI機能を持つだけでは競争優位性にはならなくなっています。
既存顧客基盤の重要性
既存顧客ベースに対する生成AI機能の提供が、新規顧客獲得よりも可能性の高いアプローチとなる可能性があります。これは、顧客との既存の関係性と信頼関係を活用して、段階的に生成AI機能を導入していく戦略です。
Q&Aセクション
Q1. なぜ生成AI市場ではハードウェア投資が80%も占めているのですか?
A1. 生成AIの処理には膨大な計算リソースが必要で、特にAI最適化サーバーやGPUなどの専用ハードウェアが不可欠だからです。現在はインフラ整備の段階にあり、ハイパースケーラーが自社サービス強化のために大規模投資を行っているため、この比率になっています。
Q2. ハイパースケーラーの8,520億ドル赤字予測は問題ではないのですか?
A2. これは短期的な投資対効果のギャップであり、長期的な戦略投資と考えるべきです。ハイパースケーラーは従来のIaaS提供者から生成AI製品・サービス会社への転換を図っており、将来の収益基盤構築のための先行投資と位置づけられています。
Q3. 消費者向けAI対応デバイスに「キラーアプリ」がないのは致命的ではないですか?
A3. 現段階では致命的ではありません。スマートフォンやPCの普及初期も同様でした。重要なのは、将来のアプリケーション開発に備えたハードウェア基盤が整備されることで、キラーアプリは後から登場する可能性が高いと考えられています。
Q4. 独立型生成AIソフトウェアの市場シェアが5%未満なのはなぜですか?
A4. 生成AIの真の価値は、既存業務プロセスやソフトウェアを強化することにあるためです。CRMやERPなどの既存システムに生成AI機能を統合する方が、ユーザーにとって実用的で導入しやすく、ビジネス価値も高いからです。
Q5. CIOはこの複雑な市場環境でどのような選択基準を持つべきですか?
A5. ビジネス価値、リスク評価、導入の確実性の3点を重視すべきです。また、ビジネス要求を技術提案に翻訳できる能力を組織内で育成し、既存プロセスの効率化だけでなく、変革的な活用を目指すことが重要です。
まとめ:生成AI市場の本質的理解
ガートナーの分析は、生成AI市場の現実的な姿を明確に示しています。ハードウェアへの大規模投資、特にAI最適化サーバーへのサービスプロバイダーによる投資が市場を力強く牽引している一方で、この投資は主に自社製品・サービスの強化に使われています。
消費者向けデバイスの普及は進むものの、現時点では「キラーアプリ」がなく「売られる」形での普及が中心となります。ソフトウェア市場では既存アプリケーションへの機能統合が主流となり、独立型生成AIソフトウェアの市場は限定的です。
市場は競争が激しく、CIOは多くの選択肢の中から戦略的な意思決定を迫られていますが、生成AI市場は予測期間全体を通して支出が増加し続けるという明るい展望があります。成功の鍵は、技術とビジネスを結ぶ翻訳能力を持ち、段階的かつ戦略的にアプローチすることにあります。
参考サイト
- OpenAI Blog (OpenAI公式ブログ:最新研究・製品情報)
- Google DeepMind Blog (Google DeepMind公式ブログ:AI研究の最前線)
- Meta AI Blog (Meta AI公式ブログ:オープンソースAIモデルと研究)
- MIT Technology Review – Artificial Intelligence (MIT Technology Review:AI専門ニュース・詳細分析)
- OECD.AI Policy Observatory (OECD.AI:AIに関する国際政策・データハブ)
- CB Insights – AI Research (CB Insights:AIスタートアップ・市場トレンド分析)
- 総務省 – AI戦略・AIネットワーク社会推進会議 (日本のAI政策・ガイドライン)
以上
ケニー狩野(中小企業診断士、PMP、ITコーディネータ)
キヤノン(株)でアーキテクト、プロジェクトマネジャーとして多数のプロジェクトをリード。 現在、
・株式会社ベーネテック代表、
・株式会社アープ取締役、
・一般社団法人Society 5.0振興協会評議員ブロックチェーン導入評価委員長。
これまでの知見を活かしブロックチェーンや人工知能技術の推進に従事。趣味はダイビングと囲碁。2018年「リアル・イノベーション・マインド」を出版。