【IDC速報】2028年AI市場3.5兆円突破で変わる産業構造の全貌
─ 3.5兆円市場を勝ち抜く「エージェンティックAI」戦略 ─
今は「実験」の終わり、そして「展開」の始まり
IDCの最新分析によれば、日本のAI市場は2028年に3兆5,396億円規模へと爆発的に成長します。 これは単なる技術トレンドではなく、産業構造を根底から覆す社会変革そのものです。
IDCの最新調査によれば、多くの日本企業がAI活用の転換点「AI-Pivot(機会適応)」段階にあり、実験から本格導入への移行を模索しています。
これは、AIの概念実証(PoC)や部分的な導入といった「実験フェーズ」を完了し、いかにしてAIを事業の中核プロセスに組み込み、持続的なビジネス価値を創出するかという「適応フェーズ」への移行期を意味します。この重要な転換点における戦略的選択が、企業の競争優位性と将来の成長軌道を決定づけることになります。
Quick Disclaimer
本稿は、2025年6月11日に開催された「IDC Directions Japan 2025」の速報レポートです。多忙な経営層の皆様が短時間で要点を把握できるよう、AIによる社会実装の核心に絞って解説します。記事中のスライドは、主催者であるIDC Japanより提供された公式資料を使用しており、出典元を明らかにしたうえで掲載しています。
本レポートでは、経営層が把握すべき「①未来のビジネス環境」「②自社の現在地」「③今すぐ始めるべきアクションプラン」を提示します。
社会変革の震源地:国内AI市場の爆発的成長
市場規模の劇的拡大が意味するもの
日本のAI市場は、2023年から2028年にかけて年平均成長率(CAGR)32.8%という驚異的な伸びを示し、支出額は8,571億円から3兆5,396億円へと4.2倍に急拡大します。
しかし、この数字が示すのは単なる市場成長ではありません。
【社会変革の加速度】(クリックして詳細表示)
【社会変革の加速度】 2023年: 8,571億円 → AIの実験段階 2028年: 35,396億円 → AI社会への本格移行 成長率: CAGR 32.8% → 継続的な変革の証拠
この成長は、AIが社会インフラとして不可欠な存在になる過程を数値化したものです。2028年にはIT支出全体の14.2%をAI関連が占め、AIなしには企業活動が成り立たない社会が到来します。
【未来像】自律型AIが主役へ:
エージェンティックAIがもたらす社会変革
2026年以降、ビジネスの主役は「人間の指示を待つAIアシスタント」から、自ら目標を設定し協働するAI群=「エージェンティックAI」へと本格的に移行します。これにより、人間とAIの関係性は根本から再定義され、社会は大きな変革の時代を迎えます。
エージェンティックAI(Agentic AI)とは、人間の命令を待つのではなく、自ら目的を理解し、計画を立て、複数のAIが連携・分担してタスクを遂行する「自律型AIの集団(AIエージェントフリート)」を指します。
人間は「使い手」から「監督者」へ
この変化の核心は、人間とAIの関わり方が「プロセスの中に入る(in the Loop)」から「全体を監督する(on the Loop)」へとシフトすることにあります。
- Before(Human “in” the Loop): 人間がAIの処理プロセスに直接関与し、「使いこなす」役割を果たす。
- After(Human “on” the Loop): 人間はAIの判断や行動を「監督・評価」する立場へ。AIワーカー群が自律的に業務を遂行します。

(出典:IDC Directions Japan 2025 / Matsumoto講演資料 P.3)
AIが社会を変える3段階の進化プロセス
IDCは、この社会変革が以下の3つの段階を経て進むと予測しています。私たちは今、第1段階から第2段階へと移行する過渡期にいます。

【社会変革の3段階プロセス】(クリックして詳細表示)
【社会変革の3段階プロセス】 第1段階:AIアシスタント社会(2023-2024) ├─ 人間の役割:AI を使った作業の効率化 ├─ 社会変化:既存業務の最適化 ├─ 関係性:Human IN the Loop(人間が主導) └─ 社会認識:「実験・導入期」 第2段階:AIエージェント社会(2025-2026) ├─ 人間の役割:AI ワークフローの設計・監督 ├─ 社会変化:業務プロセスの AI 化 ├─ 関係性:Human IN the Loop(人間が設計) └─ 社会認識:「適応・普及期」 第3段階:エージェンティックAI社会(2027-2028〜) ├─ 人間の役割:ビジネス目標設定のみ ├─ 社会変化:社会機能の自律的AI運営 ├─ 関係性:Human ON the Loop(人間が監督) └─ 社会認識:「AI主導・加速期」
エージェンティックAIが加速させる産業変革
このパラダイムシフトは、消費者体験や製造現場を皮切りに、あらゆる業界に波及します。IDCの予測によれば、2028年のAI投資は特に「流通/一般サービス」(30.6%)と「製造/資源」(20.4%)に集中し、これらの分野が次の産業変革を牽引する見通しです。
具体的に、2028年に投資が集中すると予測されるユースケースは以下の通りです。
【2028年AI投資トップ10ユースケース】(クリックして詳細表示)
順位 | 産業分野 | ユースケース | 戦略的焦点 |
---|---|---|---|
1 | ソフトウェア/情報サービス | AIインフラ提供/管理 | 基盤構築 |
2 | 流通 | デジタルコマース | 収益直結 |
3 | 銀行 | 金融犯罪/不正検知/調査 | リスク軽減 |
4 | テレコム | AIインフラ提供/管理 | 基盤構築 |
5 | 運輸/旅行 | 物流計画/ロジスティクス支援 | 効率化 |
6 | ヘルスケアプロバイダー | 医療提供フロー/リソース最適化 | 業界特化 |
7 | 教育 | 個別最適化学習 | 社会的影響 |
8 | 流通 | AI活用カスタマーサービス | 顧客体験 |
9 | メディア/エンタメ | 販売プロセス支援 | 収益向上 |
10 | 投資銀行 | 金融犯罪/不正検知/調査 | リスク管理 |
このデータから、AI活用の重要なトレンドが読み取れます。
- AIインフラへの重点投資:1位・4位が示す通り、社会全体でAIを動かすための基盤整備が最優先に進みます。
- 価値直結型アプリケーション:デジタルコマース(2位)や金融犯罪検知(3位)など、収益創出やリスク軽減に直接繋がる分野への投資が活発化します。
- 産業横断的な広がり:トップ10に7つの異なる産業分野が含まれることからも、AIが一部の業界だけでなく、社会全体を支える汎用技術になることがわかります。
さらに、こうした投資は既存の産業構造そのものを変えていきます。
【産業カテゴリーの境界変化】(クリックして詳細表示)
AIのユースケースが産業を横断することで、従来の産業分類が融合・再編され、新たな産業領域が生まれると予測されます。
従来の産業分類 | AIユースケース | 新たな産業の発展方向 |
---|---|---|
インフラ・通信 | AIインフラ提供/管理 | AI社会基盤産業への発展 |
流通・小売 | デジタルコマース/カスタマーサービス | AI駆動体験産業への変化 |
金融 | 不正検知/調査 | AIリスク管理産業への特化 |
教育 | 個別最適化学習 | AI個人成長産業への拡大 |
最終段階の未来像:人間は「ビジネスの定義」に集中する
最終段階である「エージェンティックAI社会」では、人間は「何を達成したいか」というビジネス目標を定義するだけで、その実行プロセスはAIワーカー軍団が自律的に完成させる世界が到来します。これは単なる業務効率化に留まらず、社会の意思決定や実行プロセスのあり方を根底から変える、大きな可能性を秘めています。
【現在地】日本企業の6割が立つ転換点「AI-Pivot」
IDCのAI成熟度モデルによれば、日本企業の60%は、AI活用の実験期を終え、本格導入を模索する「機会適応(AI-Pivot)」段階にいます。

(出典: IDC_Directions_Japan_2025_Uemura.pdf P.6)
しかし一方で、多くの企業が、この段階で共通の課題に直面しています。特に経営層と従業員の間には、AI導入に伴うリスク認識に大きなギャップが存在します。
AIリスク項目 | 経営層の懸念 | 従業員の懸念 |
---|---|---|
データセキュリティとプライバシー | 非常に高い | 高い |
解雇不安への対応 | 低い | 非常に高い |
スキル開発の不十分さ | 比較的低い | 高い |
この認識のズレを放置したままでは、全社的なAI活用は進みません。貴社はこの重要な転換期で、これらの壁を乗り越え、次の一手を明確に描けているでしょうか。
- コストの壁: PoC(概念実証)から実用フェーズへの移行には高いコストがかかります。
- スキルの壁: 特に生成AIを使いこなし、事業を推進できる人材が社内に不足しています。
- ガバナンスの壁: AIのリスクを管理するフレームワークが未整備です。
【アクション】経営者が今すぐ打つべき3つの手
「AI-Pivot」段階から抜け出し、AIを企業の成長エンジンとするために、IDCは以下の3つのアクションを提言しています。
【打ち手 1】
事業の核となる「AIユースケース」を定め、進化させる
AI活用を「①効率化 → ②本業変革 → ③新価値創造」の3段階で進化させる戦略を描くことが不可欠です。このステップアップ戦略の背景には、エージェンティックAIがもたらす「デュアルインパクト」という考え方があります。
これは、まず「業務効率化インパクト」でコスト削減や生産性向上を実現し、そこで生まれたリソースを「戦略的成長インパクト」に繋がる新たなビジネス創造や産業変革への投資に振り向けるという、持続的な好循環のメカニズムです。

図5:エージェンティックAIのデュアルインパクト循環構造
図5の解説:
エージェンティックAIのデュアルインパクトは4段階の循環構造で組織変革を実現します。
①投資リソースの確保:業務効率化により生産性向上・コスト削減を達成し、
②戦略的AI投資:得られたリソースをAI変革基盤への投資に活用、
③新技術の効率化適用:基盤強化により戦略的成長分野への重点投資を実行、
④基盤強化効果:新技術・手法を業務効率化に適用してさらなる改善を図る、
という好循環を形成します。この持続的サイクルにより、単発的な改善を超えた根本的な組織変革が実現され、競争優位性確立と新ビジネス創造が可能になります。
このデュアルインパクトの考え方に基づき、具体的なユースケースを以下の3段階で進化させます。
- まず「生産性ユースケース」でコストを削減し、AI投資の原資を生み出す。
(例:議事録作成、メール初稿作成、社内文書の要約) - 次に「ビジネス機能ユースケース」で本業を変革する。
(例:企業データに基づく需要予測、財務の不正検知、人事採用の最適化) - 最終的に「産業特化ユースケース」で競合を突き放し、新たな市場を創造する。
(例:製造業における予知保全、金融業における資産管理の助言、ヘルスケアにおける個別化診療支援)

(出典: IDC_Directions_Japan_2025_Uemura.pdf P.16)
【打ち手 2】
「AIネイティブ」な技術と組織へ移行する
エージェンティックAIの能力を最大限に引き出すには、土台となる技術と組織の変革が必須です。
技術の変革:
従来のクラウド基盤から、自律的な運用を前提とした「AIネイティブインフラ」への移行が求められます。 鍵となるのは、ポリシー駆動の自律運用ガバナンス、ゼロトラストセキュリティ、そして柔軟に機能を組み替え可能なコンポーザブルアーキテクチャの導入です。
領域 | 従来型(クラウド) | 新時代(AIネイティブ) |
---|---|---|
ガバナンス | 専門家(人)が主導 | ポリシー/ルール駆動の自動化 |
セキュリティ | サイロ型のアクセス管理 | ゼロトラスト/自動化 |
アーキテクチャ | ソフトウェア定義・標準化 | コンポーザブル(組合せ自在) |
データ活用 | 蓄積データ中心・人手で統合 | リアルタイムデータ活用・自動化 |
組織の変革:
AIの導入は、人間の仕事を奪うのではなく、役割を進化させます。人間は、反復作業から解放され、AIへの的確な指示、AIのアウトプットの批判的評価、そしてAIを組み込んだビジネスデザインといった、より高度で創造的な役割を担うことになります。
役割 | 人間の新たなスキル | AIエージェントが担当する業務 |
---|---|---|
設計・監督 | ・結果に焦点を当てたAIへの指示出し ・AIアウトプットの批判的な評価 ・ビジネスデザインに基づくAIワークフロー設計 |
・反復作業の実行 ・データ解析および結果評価 ・人間の意思決定のための推奨事項の生成 |
【打ち手 3】
タイムラインを区切り、段階的に実行する
壮大な変革も、具体的なステップに分解すれば実行可能です。IDCは以下の3段階のロードマップを推奨しています。

(出天: IDC_Directions_Japan_2025_Matsumoto.pdf P.26)
フェーズ2:重点展開 (今後12~24か月)
- 目的: 成功モデルを横展開し、AIの自律性を実装する。
- アクション: リスクの低い業務からAIの自律運用を開始し、従業員のリスキリングを本格化させる。IT運用の自動化も実装する。
フェーズ3:スケール準備 (今後24~36か月)
- 目的: 全社的にAIを拡張し、複雑な業務プロセスの自動化を進める。
- アクション: 人材を再配置してAIとの協働体制を本格化させ、AIを前提とした新しいビジネスモデルの採用を検討する。
【補足】
変革を支えるパートナーの役割
自社だけで変革を進めるのが困難な場合、外部パートナーとの協業が鍵となります。IDCは、AI時代のITサプライヤーには、従来の製品提供者から、顧客の変革を能動的に支援する「変革支援パートナー」への進化が求められると指摘しています。パートナーを選定する際は、以下のような視点を持つ企業かを見極めることが重要です。
【ITサプライヤーに求められる3つの視点】(クリックして詳細表示)
戦略の柱 | 提供価値 |
---|---|
ドメイン特化の知見 | 自社の業界を深く理解し、的確な「産業特化ユースケース」を共に創出できるか |
コンポーザブルアーキテクチャ | ビジネスの変化に合わせ、柔軟にシステムを組み替え・拡張できる技術を提供できるか |
ガバナンス基盤 | セキュリティや倫理を含め、AIを安全・安心に運用するための仕組みを共に構築できるか |
結論:傍観者でいる時間は終わった
エージェンティックAIによる社会変革は、もはや避けられない未来です。そして今、多くの日本企業がその入り口である「AI-Pivot」に立っています。
「重要なのは、この変革を単なる「コスト負担を伴うIT投資」ではなく、「産業構造の根本的再定義による新市場創造の機会」として戦略的に捉えることです。
IDCの分析が示すように、エージェンティックAI時代においては、従来の業界の境界線が曖昧になり、AIを活用した新しいビジネスモデルや顧客価値の提供方法が競争優位の源泉となります。
経営者には今、自社の事業領域をAI前提で再定義し、デュアルインパクト戦略(効率化による投資原資の創出→戦略的成長領域への再投資)による持続的な変革サイクルを構築することが求められています。
よくある質問(Q&A)
Q1: 結局「エージェンティックAI」とは、従来のAIと何が違うのですか?
A: 最も大きな違いは「自律性」です。従来のAIが人間の指示を待つ「AIアシスタント」だったのに対し、エージェンティックAIは自ら目標を理解し、計画を立て、複数のAIエージェントが協働して複雑な業務を完遂する「自律型AI群」です。 これにより、人間は作業の指示者(Human in the Loop)から、AI群全体の監督者(Human on the Loop)へと役割が変わります。
Q2: 多くの日本企業が直面している「AI-Pivot」とは、どのような状況ですか?
A: 「AI-Pivot(機会適応)」とは、IDCが提唱するAI成熟度の5段階モデルの2段階目です。 これは、AIの技術検証や部分的な導入(PoC)といった「実験」の段階を終え、いかにしてAIを本格的に事業へ適用し、ビジネス価値に繋げるかを模索している「転換点」を指します。 日本企業の60%がこの段階にあり 、コスト、スキル、ガバナンスといった課題に直面しています。
Q3: 企業として、AI導入は何から手をつけるべきですか?
A: IDCは段階的なアプローチを推奨しています。まず、議事録作成の自動化など、すぐに効果が出てコスト削減に繋がる「生産性ユースケース」から着手し、AI活用の基盤と投資原資を確保します(業務効率化インパクト)。次に、その原資を活かして需要予測など「ビジネス機能ユースケース」で本業を高度化し、最終的に業界特有の課題を解決する「産業特化ユースケース」で競争優位を確立する(戦略的成長インパクト)というステップアップ戦略が有効です。